2014年5月28日 新横浜国際ホテル
演題「糖尿病治療の新展開」
演者:東芝病院 代謝内分泌内科部長 大杉満先生
内容及び補足「
糖尿病の治療目標が昨年の糖尿病学会総会で変更になった。測定方法の変更に伴い、またエビデンス結果を加味した結果で、以前よりシンプルになって覚えやすくなった。
合併症予防のためのデータとして有名なものがいくつかある。
このデータを見ると血糖値を厳格に管理することによりより良い結果が出るように思われる。しかし、現実には血糖値をより厳格に管理すると低血糖発作の頻度は上昇し、より重篤化することになる。
IDDM患者により厳格な血糖コントロールを行ったDCCT研究の結果では、インスリン強化療法により、3〜4倍低血糖発作が出現した。症状がある低血糖発作は1週間に1回認めらた。持続血糖測定器を用いて検査するとおそらく日に一回は低血糖になっていると思われる。
http://diabetes.diabetesjournals.org/content/46/2/271.full.pdf+html
この時点においては、糖尿病合併症予防や予後の改善には低血糖はしょうがないものだと考えられていたが、ADVANCE、ACCORD、VADT試験結果が出てその考え方が変わってきた。標準両方の血糖目標値が厳しいADVANCE試験ではあまり大きな差が出なかったが、標準療法と強化療法のコントロールの差が大きいACCORD試験やVADT試験では今日か療法群で明らかに重症低血糖発作の頻度が多く、死亡症例も多く認められた。
アメリカとカナダの13歳から39歳までのIDDM患者1441名の網膜症と腎症の進展が、1日1から2回の従来療法と、3回以上の強化インスリン療法で違いが出てくるかというDCCT試験の9年間のコントロールではHBA1c値は9.1±1.5 v.s. 7.4±1.1であった。
その後治療継続していった後の両群でのHBA1cの差は7.9±1.3 v.s. 7.8±1.3とほとんど変わらない値となった。しかし、
9年間の経過観察では差がはっきりと出なかった心血管イベントの差がその後の10年間の経過ではっきり出てきた。
VADT研究で通常療法と強化療法の6年間の死亡率の違いを糖尿病罹病期間で比較したものが下記の図である。0-5年では両者に差はなく、10年前後であれば強化療法で死亡率を減らせる可能性があるが、20年近くなってくると、逆に強化療法は危険であることが推測される。
早期の厳格な血糖コントロールがある行って期間をおいて、合併症の抑制につながることは
UKPDSでも示された。
これらのことから言えることは、糖尿病初期において、低血糖を避けた厳格な血糖値コントロールが10数年以上経過した後の予後を改善するということである。
そこで期待されるのが低血糖が起こりにくく、体重の増加が起きにくいDPP-?阻害薬やインクレチン作動薬である。ここで問題となるのは、実験で示されているGLP-1作動薬のさまざまな効果は、人で認められるかということである。
急性心筋梗塞症例にGLP-1を投与した際に、心筋の収縮能が改善したことが2004年に示された。
マウスの実験であるが、DPP-?阻害薬であるアログリプチンの投与で動脈硬化進展を抑制した。
臨床試験においては、
Examine試験では、15−90日以内に急性冠症候群患者5380名にネシーナ錠かプラセボを投与した群間比較で、HBA1cは8.03からネシーナ群では0.33%減少したのに対してプラセボ群では0.03%の減少と有意に低下させたけれど、心血管死や心筋梗塞、脳卒中の発現率に差を認めなかった。
SAVOR-TIMI53試験でも、2型糖尿病患者16492例にオングリザかプラセボを投与し、2.1年経過を追ったところた虚血性心血管にベントは変わりなかったが、オングリザ投与例で心不全での入院がプラセボ群の2.8%に比べ3.5%と有意に増加していた。
メタ解析において、エクアの投与では心血管イベントの発症には影響しなかった。
しかし、これらの結果を見る際に気をつけておかなければいけない点がいくつかある。
以前のいろいろな治療介入試験は、臨床的に良い薬剤がなかったため、ある程度の効果がある薬剤を投与すると、短期間で有意に良い治療効果が出やすかったが、現在では、リスクのある患者には標準的にACEIやARBといった臓器保護作用のある降圧薬や、HMGCoARI、抗血小板剤などが投与されているため、短期間で治療効果があるという有意さが出にくい環境になっているということである。
DPP-?阻害薬のベストパートナーは何か?
ビグアナイドの効果は一般的には太っている人ほど効果が良いと考えられているが、日本人のデータでみてみても20>BMI、25>BMI≧20、30>BMI≧25、BMI≧30の4群のHBA1cの平均低下率はそれぞれ-1.4、-0.8、-1.0、-1.1(糖尿病2006、49:326)と逆に痩せている人においてより効果があるように見えた。
1500?から2250?への増量の際のHBA1cの低下作用は、単独投与群で8.2→6.9→6.1であり、多剤併用投与群で、8.0→7.0→6.3と薬剤の増量に応じて結党低下作用が増強され、単剤投与時と多剤併用時で同等の効果がみられた。
透析中や脱水時、過度のアルコール摂取時、心血管系や肺に疾患がある人で副作用が出やすいと考えられているが、GFRが30〜45、45〜60、60≧でハザード比が0.98、0.85、0.91であり、腎機能が悪化している人に副作用が多く出ているわけではなかった。当然腎臓が悪化し始めた時に適切な対処がされているので、重篤な副作用が出るような事態にならなかった。
日本人は白人に比べ、おなじBMIの体型でも肝臓の脂肪量が多い。
L/S ratioは肝臓と脾臓のCT値の比で1より少ないと脂肪肝と判断する数値。VATはVisceral adipose tissue(内臓脂肪)、SATはSubcutaneous adipose tissue(皮下脂肪)。
体脂肪においても、同じBMIの体型でも多いことが示された。
今まで発売された、
糖尿病の治療薬の効果を複合的に検討した結果が下記の図である。
それぞれとの比較を矢印で示し、下に行くほどHBA1cが低下することになる。
日本での血糖コントロール状況を見ると、7.0%以上が47.1%といた。
平均のHBA1c値は2型糖尿病で7.06%、1型糖尿病で7.65%、両者をまとめた値は7.09%であった。
治療薬の変化も著しく、近年ではDPP-4阻害薬が著しく増加し、インスリンのみ使用の患者が減少している。
OHA:oral hypoglycemic agen経口血糖降下薬
近年発売されたSGLT2阻害薬であるが、健康人では腎臓の糸球体で一日約180gの糖が濾過されて、尿細管に排泄される。その濾過されたもののうち90%がSGLT2を介して再吸収され、残りの10%がSGLT1を介して再吸収され、ほとんど尿に排泄されない。
SGLT2阻害薬を投与するとこの90%の糖が再吸収されずに流れていき、SGLT1により120g程度再吸収されることになる。従って残りの60gが、尿糖として体外に排泄されることになる。
その結果、HBA1c、空腹時血糖値、体重、血圧ともに低下させ、脂質代謝も改善する。
腎機能障害例においても長期投与において腎機能の悪化は見られなかった。
以前メトホルミンが使用された際に、乳酸アシドーシスの副作用がみられ、1978年に使用禁止となった。再度使用が認められるまでには、20年近くかかっており、SGLT2阻害薬もそうならないために、副作用が心配な患者さんには、きめ細かい指導をするか、実践的な副作用頻度がわかるまでしばらくは、投与を控えることが望ましい。
副作用が心配な症例は脱水や体液量の減少がある症例、腎機能が悪い症例、尿路感染症や世紀感染症の既往がある症例、低体重や筋肉量が少ない症例、極端に炭水化物を控えている症例や食事量が少ない症例などが挙げられる。
CANVAS研究で2型糖尿病で、HBA1cが7以上10.5以下、10年以上の糖尿病治療歴があり、降圧薬内服下において収縮期血圧140mmHg以上、喫煙者で、アルブミン尿があり、HDLコレステロールが39以下の人を対象とした研究での中間報告では特に治療群とコントロール群での差はなかったが、薬剤申請時に提出された書類にある情報を見てみると、投与開始30日の間においては、統計上有意差はないものの、治療薬投与群でイベントが多く認めた。
他のSGLT2阻害薬でも同様の傾向が認められており、この薬剤の効果である、尿への糖排泄に伴う脱水傾向がイベントを起こしやすくしている可能性があるので、身体が薬剤の効用に慣れるまでの投与開始時には、水分補給を口やかましく患者に指導する必要があると思われる。