2014年9月12日 ハイアット リージェンシー 東京
演題「脳梗塞における糖代謝異常のかかわりと治療戦略」
演者:順天堂大学医学部付属浦安病院脳神経内科 卜部貴夫教授
内容及び補足「
脳梗塞患者は糖の代謝異常が進むにつれで増加することが示されている。
http://jams.med.or.jp/symposium/full/128006.pdf
日本における脳卒中の原因別の頻度が、1961年(1618名)、1974年(2038名)、1988年(2637名)でラクナ脳梗塞の頻度が64%→54%→49%と減少しているのに対して、心原性脳卒中の頻度が11%→23%→24%、アテローム血栓性脳卒中の頻度が21%→21%→27%と増加傾向にある。
http://www.neurology.org/content/66/10/1539.abstract
http://www.envmed.med.kyushu-u.ac.jp/research/disease01.html
基礎疾患別に脳卒中の発生頻度の推移を見てみると、高血圧においては、ほぼ横ばいであるが、肥満、高コレステロール血症、糖代謝異常においては男女ともに増加してきている。
山形県の舟形町のデータを見てみると、空腹時高血糖を呈しているIFGでは予後において、非糖尿病群との差を認めていないが、食後高血糖を呈している耐糖能障害群IGTにおいては、糖尿病群ほどではないが、非糖尿病群に比べ、有意に予後が悪い。
Decode studyで死亡危険率との相関を見た時には、空腹時血糖値では有意差は認められず、食後に時間値で有意さを認めた。
心血管死亡リスクも耐糖能正常群、IGT群、DM群の順に増加することが確認された。
2005年4月から2006年10月までに順天堂病院と順天堂静岡病院に入院された427例の脳虚血性患者(アテローム性:ATI220例、ラクナ:LI125例、心原性:CE82例)を検討した。高血圧症例が71.4%、脂質異常症例43.3%、糖尿病患者36.3%であった。これらの症例のうち事前に糖尿病と診断されていなかった272例のうち113例において糖負荷検査を行ったところ糖尿病型が24.8%、耐糖能障害が34.5%に見られた。
それぞれの臨床的脳梗塞の病型でみてみるとLIとCEでは糖代謝異常を認める頻度が多いことがわかる。
http://stroke.ahajournals.org/content/40/4/1289.full.pdf
242例の脳梗塞急性期患者において75gOGTTを施行した。140例で糖尿病型、52例で前糖尿病型(空腹時高血糖+食後高血糖)、50例で正常型に分類された。14日以内の増悪である早期神経機能障害early neurological deterioration: ENDは正常群に比し糖尿病群でORsは11.354と有意に高値であったが、前糖尿病群ではORsは6.369と高値であったがP=0.093と有意にはならなかった。30日以内の状態でみた際には、ORsは3.667と糖尿病群では有意差を認めたが、前糖尿病群ではORsは2.058でP=0.08と有意差は出なかった。
本研究では、前糖尿病群では有意差は認めていないが増悪傾向は認めており、入院後の検査で初めて糖尿病と診断される症例も少なくないことから、糖代謝異常の早期診断とより早期からの糖代謝異常への治療介入が必要といえる。
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022510X13002724
2007年に脳卒中既往を有する2型糖尿病患者に対してインスリン抵抗性改善薬であるピオグリダゾンの投与で脳卒中再発予防の臨床試験で、プラセボとの比較で47%脳卒中再発リスクを低下させたと報告された。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jstroke/35/2/35_103/_pdf
耐糖能異常があり、正常高値血圧、脂質異常、糖尿病の家族歴、BMIが25以上の肥満があるなどのリスクを有する人を対象に、標準的な食事と定期的な運動の生活習慣改善に取り組んでもらい、一群ではボグリボース0.2?×3(897例)を服用してもらい、もう一群ではプラセボ(883例)を飲んでもらった比較試験で48週間後の糖尿病発症例は50例対106例で新規の糖尿病発症を40.5%抑制した結果となった。
http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2809%2960222-1/abstract
Cilostazol Stroke Prevention Study:CSPSで脳梗塞発症後1〜6ヶ月の日本人の心原性脳塞栓症を除く脳梗塞患者1052例を対象にプレタール(シロスタゾール:526例)による脳梗塞再発抑制作用をプラセボ(526例)で検討した二十盲検比較試験で平均1.8±1.3年間の追跡調査で41.7%の再発抑制効果を認めた。
この結果は糖尿病合併患者において顕著であった。
アスピリン81?とシロスタゾール200?の比較試験(CSPS 2)がLancet neurology (online)に報告された。平均29か月の観察期間でアスピリンよりも26%有意に抑制する結果となった。
糖尿病の状態においては、高血糖、遊離脂肪酸の増加、インスリン抵抗性が酸化ストレスを増加させ、プロテインCキナーゼ活性を亢進させ、AGE受容体の活性を亢進させることにより、血管内皮に障害を与える。
その結果NOの産生が低下し、エンドセリン-1やアンギオテンシン?の上昇からくる血管の収縮、高血圧、血管平滑筋の増殖をきたす。
また、NO産生の低下、NF-κBの活性化の亢進、アンギオテンシン?の上昇、アクチベータプロテイン-1の活性化の亢進により炎症が惹起され、ケモカインや、サイトカインの放出や、細胞接着因子の発現が起こる。
その他にも、NO産生の低下、組織因子の増加、PAI-1の増加、プロスタサイクリンの低下により血栓形成傾向や血小板機能の亢進が起こる。
これらが合いあまって動脈硬化が進行していく。
治療としては
脂質異常症に対して、スタチン、フィブラート系薬剤、チアゾリジンの投与
高血圧に対して、ACE-I、ARB、βブロッカー、カルシウム拮抗薬、利尿剤の投与
高血糖・インスリン抵抗性に対して、インスリン、メトホルミン、チアゾリジン、スルホニルウレア剤、速効型インスリン分泌促進薬の投与
血小板機能亢進・凝集促進に対して、アスピリン、クロピドグレル、チクロピジン投与
が行われている。
http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=194930
アジア地域の20の医療機関で閉塞動脈硬化症が疑われる40〜85歳までの2型糖尿病患者をアスピリン投与群とシロスタゾール投与群の2群に無作為に割り付けし頸動脈内膜中膜複合体肥厚度(IMT)の経年変化を2年間にわたり観察した結果、シロスタゾール群でIMTの肥厚は抑制されており、HDLとTG値の改善を認めた。この結果アスピリンよりもシロスタゾールのほうが、糖尿病患者の動脈硬化進展抑制が強いと考えられる。
http://circ.ahajournals.org/content/121/23/2584.full.pdf+html
IV-tPA治療を行った脳虚血性発作の入院患者の急性期における高血糖が90日後の死亡率や症候性脳内出血(SICH)、身体機能悪化を増加させるかどうかの研究が行われた。
8mM/dL(145mg/dL)以上の群と未満の群に分けて検討された。
入院90日後の転帰においては、8mM/dL未満の患者では有意にmRS0-1が多く、8mM/dL以上の場合には死亡が有意に多かった。
http://care.diabetesjournals.org/content/32/4/617.full
近年血糖依存性にインスリン分泌を促進する消化管ホルモンであるGLP-1の受動態作動薬であるExendin-4(Ex-4)が臨床応用されて始めている。膵臓のβ細胞保護作用、心筋梗塞巣縮小効果、神経変性障害抑制作用などの臓器保護作用があることが報告されているが、虚血性脳損傷に対する検討が少ないので、脳梗塞モデル動物を用いて検討してみた。
Ex-4を0.1、1、10、50μg投与し、梗塞サイズの変化を見たものである。10μg投与で有意に縮小効果を認めている。
中大脳動脈閉塞前後での血中のインスリンやグルコース濃度、regional cerebral blood flow(rCBF)局所の脳血流量には差がない環境であったが、
GLP-1R(Glucagon-Like Peptide-1 Receptor)のマウスの脳内発現量が増加していることが示された。
Expression of GLP-1R in the brain. (A) Photomicrograph of GLP-1R in the mouse brain (normal, untreated). Arrowheads, positive cells. Bar=50?μm. (B) Double immunofluorescence staining for GLP-1R (green (a, d)), NeuN (red, b) and CD31 (red, e). Arrowheads, merged cells. Bar=20?μm. GLP-1R, glucagon-like peptide-1 receptor; NeuN, neuronal nuclei.
Ex-4の投与により虚血再灌流のストレスの指標である8-OHdGやHHE陽性細胞の数の発現は抑えることができた。
Expression of GLP-1R in the brain. (A) Photomicrograph of GLP-1R in the mouse brain (normal, untreated). Arrowheads, positive cells. Bar=50?μm. (B) Double immunofluorescence staining for GLP-1R (green (a, d)), NeuN (red, b) and CD31 (red, e). Arrowheads, merged cells. Bar=20?μm. GLP-1R, glucagon-like peptide-1 receptor; NeuN, neuronal nuclei.
GLP-1Rの活性化が細胞内cAMPEx濃度を上昇させ、細胞の種々のcell-survival mechanisms を調節している。
(
Trends Pharmacol Sci 24:377-383 )。
Ex-4の投与でリン酸化されたCREB:pCREB陽性細胞が増加した。
Induction of cAMP upregulation and CREB activation by exendin-4. (A) cAMP levels in the vehicle and exendin-4 groups. (B) Photomicrographs of pCREB in the vehicle (a) and exendin-4 (b) groups at 24?hours after reperfusion. Bar=50?μm. (c) Number of pCREB-positive cells in the ischemic boundary zone. (C) (a) Immunoblot analysis of pCREB and CREB. Equal protein loading was confirmed by measuring α-tubulin. Veh, vehicle group. (b) Densitometric analysis of pCREB protein. Data are mean±s.e.m. of three mice (Panels A and C) and five mice (panel B) in each group. *P<0.05, **P<0.001, compared with the vehicle group. cAMP, cyclic AMP; Ex-4, exendin-4; pCREB, phosphorylated cyclic AMP (cAMP) response element-binding protein.
http://www.nature.com/jcbfm/journal/v31/n8/full/jcbfm201151a.html
このリン酸化により活性化されたCREBが神経保護作用を有するBCL-2タンパク合成を誘導し脳保護作用を発揮することを示した。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jstroke/35/2/35_103/_pdf