2014年9月26日 ワークピア横浜
演題「喘息治療における課題 〜種々の重症喘息とその治療戦略〜」
演者:同愛記念病院 アレルギー・呼吸器科部長 黨康夫先生
内容及び補足「
健康な人の気道と異なり炎症が起こっている気道では、症状がなくても、粘液の分泌が亢進したり、気道が狭くなっている。そこに、ホコリやストレスなどの刺激が加わると、喘息発作となる。
抗原の吸入により、好酸球やリンパ球が粘膜下に集まり、粘膜下の浮腫が生じ、気道粘液の過剰分泌が生じ、そこに気道の収縮が生じる。この病態それぞれに応じた治療を行うことにより、発作を鎮静化させ、気道のリモデリングを抑えることになる。
喘息治療の目標は、喘息死の回避や、発作の予防だけでなく、健常人と変わらない日常生活を送り正常な発育が保たれ、正常に近い呼吸機能を維持することも挙げられるようになった。
喘息の治療は『気道の炎症』を鎮める抗炎症薬を中心に、『気流制限』を改善する気管支拡張薬の両者を組み合わせて行うことが中心となってきた。
治療を開始する前に患者さんの重症度を判断する必要がある。臨床症状とピークフローなどで判断することとなる。
現在治療を受けている人は、発作の症状により喘息重症度分類を行うことになる。
コントロール状態の表かとしては、発作の回数と運動制限、ピークフローの数値から評価することになる。
患者の症状から治療ステップを考慮する。
それぞれの治療ステップにおいて治療薬を書きの表を参考に選択することとなる。
喘息コントロールの状況を簡単に把握するために、Asthma control test(ACT)という問診票がある。患者さんの喘息発作の状態や治療効果の判定に有用なのでぜひ利用してほしい。
吸入ステロイド薬が使用されるようになってから、喘息死患者が減少するようになってきた。
吸入ステロイド薬投与前後での喘息エピソード経験率、入院率、救急治療室、予定外受診数、欠勤・欠席数も大幅に減少していることがわかる。
喘息死患者の重症度を見てみると、症状が中等症でも重症患者とあまり変わらない頻度であり、重症まで現在の治療を継続するのではなく、積極的に治療することも必要と考えられる。
ステロイドの投与となると成長への悪影響が心配されるが、吸入ステロイドでの悪影響は見られなかった。
実際に、吸入されたステロイド薬は、下気道に10〜40%ほどが肺内沈着し、残りの40%ほどがのどなどの上気道粘膜に付着する。呼気から20%ほどが排出されるので、鼻炎がある人は、呼気を鼻から出すことにより、鼻炎の治療も同時に行うことが理論上できる。嗽などで、上気道粘膜の付着したステロイドは、かなりの部分減少させることができる。嚥下され、腸管から吸収され、全身の循環へ移行するものは1%未満とされている。
http://adoair.jp/support/sizai/guide_inhalation.pdf
吸入ステロイド薬を比較した一覧表を作成した岐阜市宮川医院の宮川先生に同意を得て宮川先生の作成された、一覧表を掲載させてもらう。
エアゾール製剤(did)は以下のような評価となっている。
◎:大変優れている ○:優れている △:やや劣る ×:劣る (使用経験から)
ダライパウダー製剤は
近年よく使われるようになっているICS/LABA配合剤は
http://www6.ocn.ne.jp/~miyagawa/04_04.html
気道の内径から考えてみると、中気道までの病変であれば、粒子径が4〜5μmの製剤が、末梢気道であれば2μm前後の粒子径が、細気管支レベルであれば1μm前後の製剤が良いといえる。
治療抵抗性の喘息として患者さんを診る際に、『偽喘息患者』をしっかり見分けることが重要となる。
? ステロイド薬への不安から薬を服用していない場合。
? 薬剤への不安から1日2回の吸入を一回に減らすなど、容量を自分勝手に減らしている場合。
? 理解不足:認知症、精神神経疾患、難聴など
? 吸入手技に誤りがある場合。
? 喘息発作を悪化させる薬剤の使用。痛みどめ、β遮断薬、ACE-Iなどの降圧薬、目薬、湿布など
? 咳を主要症状とする他疾患の存在:GERD、慢性副鼻腔炎、慢性心不全など
? そもそも喘息ではない呼吸苦を伴う疾患:肺癌、気管支腫瘍、甲状腺腫瘍、肺結核、気管支結核、び漫性汎細気管支炎、慢性心不全、間質性肺炎
? 詐病
Churg-Strauss症候群(アレルギー性肉芽腫性血管炎)
1951年にChurgとStraussが古典的結節性動脈周囲炎から腎障害が少なく、喘息、好酸球増多を伴った一群を独立させたことから生じた疾患概念。
30〜50歳代に後発年齢があり、全成人喘息患者の0.02%に見られるという報告がある。
気管支喘息あるいはアレルギー性鼻炎があり、好酸球の増加を伴い、血管炎による症状(発熱、体重減少、消化管出血、紫斑、多発関節痛、筋肉痛、筋力低下)がみられる。
病理組織所見で、周囲組織に著明な好酸球浸潤を伴う際血管の肉芽腫性、またはフィブリノイド壊死性血管炎が存在する。
検査所見としては、白血球の増加、血小板の増加、血清IgEの増加、MPO-ANCA陽性、リウマトイド因子陽性、肺浸潤陰影が認められる。
血管の中膜中心に強い炎症がみられ、好酸球ばかりでなく好中球の浸潤を認め、血栓を認めることもある。
臨床的にはしびれや神経血管炎によるDrop Footがみられ、自分の足に躓くようになる。
アレルギー性気管支肺アスペルギルス症(allergic bronchopulmonary aspergillosis:ABPA)
1952年にHinsonによって報告された。
アスペルギルスの吸入感作により喘息の難治化や肺組織の構造的改築をきたす疾患。
移動性の肺浸潤影を認め、アスペルギルスを含む粘液腺があり、気管支拡張や肺線維化を伴い、進行性かつ破壊性の疾患。
診断基準の主要所見
? 作性の気管支閉塞(喘息)
? 末梢血の好酸球増加
? アスペルギルス抗原に対する即時型皮膚反応陽性
? アスペルギルス抗原沈降抗体陽性
? 血清総IgE値の上昇
? 肺の浸潤影の既往
? 中心性気管支拡張
二次所見
? 痰中のアスペルギルスの検出
? 褐色の粘液栓、喀痰の既往
? アスペルギルス抗原に対するアルサス(Arthus)型反応陽性
治療は全身ステロイド投与が主流で、ステロイドで効果がみられないときには、抗真菌剤の併用投与が行われる。
アスピリン喘息
成人喘息の約10%にNSAIDの使用により使用直後から使用1時間以内に喘息発作を起こすことがあり、アスピリン喘息といわれている。
前兆として、鼻水や鼻閉を伴うことがある。
病態的にはアラキドン酸シクロオキシゲナーゼ(COX)の阻害作用によりプロスタグランジンE2の減少と、ロイコトリエンの増加が原因とされている。
セレコックスや塩基性NSAIDであるソランタールは比較的起きにくいとされている。
小児期ではまれで、思春期以降しばしば発症し、30-40歳代の女性に多くみられる。慢性鼻炎、慢性副鼻腔炎、鼻ポリープの合併が多い。
この病態で厄介なのは、『コハク酸エステル型』ステロイド薬(ソルコーテフ、サクシゾン、水溶性プレドニン、ソルメドロールなど)を急速静注すると喘息を増悪させることがあることである。アスピリン喘息が否定できないときには『リン酸エステル型』ステロイド薬(デカドロン、リンデロン、ハイドロコートンなど)を投与するか、ステロイド薬の内服を行う。
ステロイド抵抗性喘息
喘息を悪化させる交絡因子がないのにもかかわらず、ココルチコイド(GCs)の高容量の投与にてもコントロールできない喘息で、FEV1%が75%未満で、PSL40?/日を1〜2週間投与しても15%未満の改善しか得られないものと定義されている。
http://www.uptodate.com/contents/glucocorticoid-resistant-asthma
現在以下の様な機序が提唱されている。
? 細胞膜にある薬剤くみ出しポンプによるステロイド剤の排出更新
? グルココルチコイド受容体(GR)のうち抗炎症作用をしめすGRαに対して、GRβの増加。
? GRα親和性の低下
? ステロイドの核内移行、DNA結合親和性の低下
? ヒストンのアセチル化を制御しているヒストン脱アセチル化酵素HDAC活性低下による、遺伝子転写・翻訳の亢進
? 喫煙などによる外部ストレスによる細胞なるシグナル経路の活性化
それでは、ステロイドが抗炎症作用を示す過程を見てみよう。
GCsは細胞膜を拡散により通過した後、GRに結合し、GRからHeat shock protein 90(HSP90)を遊離させ、二量体となり、不活性な状態から活性な状態となる。
GRは細胞内に存在するリガンド依存性に活性化される転写調節因子であり、GRα、GRβの2型が存在する。細胞質内に存在するGRαはステロイドの作用発現にかかわるが、GRβは遺伝子プロモーターやエンハンサー上の応答配列glucocorticoid responsive element:GREに結合しないため、GRαの作用を競合的に阻害し、ステロイド反応性を低下させる。
GCs二量体は核内に移行し、遺伝子プロモーターやエンハンサー上の応答配列glucocorticoid responsive element:GREに結合して、転写活性を促進して種々の活性蛋白が誘導される。
また、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンCRH遺伝子の発現や副腎皮質放出ホルモンACTHの前駆物質であるpro-opiomelanocortin遺伝子の発現がnegative GRE:nGREとGCsが結合することで抑制的にも働く。
さらに、GCsの複合体は細胞質内にあるActivator protein-1(AP-1:c-Junのホモ二量体あるいはヘテロ二量体)やNF-κBと相互作用することでこれらの転写因子を抑制する。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2376076/#!po=12.1622
もう少し細かくみてみよう。
クロマチンはコアヒストン蛋白(H2A、H2B、H3、H4)の各2分子ずつからなるオクタマーとDNAで構成されたヌクレオソームからなっている。
休止状態の細胞では、DNAはこれらの塩基性コアヒストンの周りにしっかり巻き付いており(クロマチンの高次構造が閉鎖状態)、RNAポリメラーゼ?の結合を排除しており、メッセンジャーRNAは形成されない。
このクロマチン構造が解放されると、DNAがヒストン蛋白からほぐれ、RNAポリメラーゼ?と基底転写複合体がムキ出しになったDNAに結合できるようになり、転写が始まる。
炎症誘発性転写因子であるNF-κBが活性化されると、DNAの特異的認識配列に結合し、次いでCREB結合蛋白(CBP)、p300、p300/CBP関連因子(PCAF)のような大きなコアクチベーター分子と相互作用が起こり、内因性ヒストンアセチル基転移酵素(HAT)活性を発揮する。
コアヒストンがアセチル化されると電荷が低下し、クロマチン構造が静止状態の閉鎖高次構造から活性化された開放型へと変換される。
高容量のコルチコステロイド:
コルチコステロイドは細胞質のRCに結合し、核に移行し、GREに結合し、直接的・間接的に内在性ヒストンアセチルトランスフェラーゼ(HAT)活性を有するCREB結合蛋白(CBP)、p300/CBP活性化因子(PCAF)、ステロイド受容体コアクチベーター(SRC)-1のようなコアクチベーター分子とも結合し、ヒストンH4上のリジンをアセチル化させ、分泌性ロイコプロテアーゼ阻害物質(SLPI)などの抗炎症蛋白をコード化する遺伝子が活性化される。
低用量のコルチコステロイド:
IL-1βやTNF-αの様な炎症刺激によって活性化されたサイトカインが、NF-κBを活性化させるI-κBキナーゼ(IKK)2を活性化する。P50及びp65NFκBタンパクからなるヘテロ二量体は核に移動し、特異的にκB認識部位に結合する。またHAT活性を有するCBPやPCAFのようなコアクチベーターにも結合し、コアヒストンH4のリジンがアセチル化され、ひいては、顆粒球-マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)のような炎症蛋白をコードする遺伝子の発現が増加する。GRはコルチコステロイドによって活性化された後、核に移動し、コアクチベーターに結合して直接HAT活性を阻害し、HDACが補給され、その結果ヒストンアセチル化が逆行し、炎症遺伝子発現を抑制する。
タバコの煙によって生成される一酸化窒素(NO)とスーパーアニオン(O2-)との層が作用によって発生する過酸化亜硝酸によりヒストンデアセチラーゼ(HDAC)2は不活性化される。過酸化亜硝酸はHDAC2上のチロシン残基をニトロ化し、酵素活性をブロックして、ユビキチン化しプロテアソームによる破壊を誘導することになる。HDAC2が失われると、炎症応答が増幅され、コルチコステロイドに対する体制が生じることになる。
正常肺胞マクロファージが刺激されるとNFκBなどの転写因子が活性化によるHATの滑石兄ともなってヒストンアセチル化が誘発される。それに伴い、TNF-α、IL-8、MMP-9の様な炎症蛋白をコードしている遺伝子の転写が起こる。コルチコステロイドは、GRに結合しHDAC2を補給することによって、この過程を逆後させる。
HDAC2はNFκBによって誘発されたヒストンアセチル化を逆行させ、活性化された炎症遺伝子をスイッチオフにする。
COPD患者においては、このHDAC2活性が損なわれており、このため、ステロロイド抵抗性の状態となっている。
http://erj.ersjournals.com/content/suppl/2010/07/16/25.3.552.DC1/253552jp.pdf
低用量テオフィリンは,COPDなどのステロイド低感受性の炎症性疾患においてステロイドの作用増強作用がある。この機序は、HDAC活性を上昇させることにより、DNAのらせん構造を締めた状態で安定化させて抗炎症作用を発揮することが示された。ERJ 25(3):552-563, 2005
その後、2010年,テオフィリンはPI3Kの阻害薬であることが証明され,HDACの活性を回復していることも示された。
http://www.atsjournals.org/doi/full/10.1164/rccm.200906-0937OC#.VDssc_l_vAk
喫煙者におけるステロイド抵抗性はHDAC2活性の低下であり、テオフィリン投与によりPI3Kを阻害しステロイド抵抗性が改善されることが示された。
http://www.atsjournals.org/doi/full/10.1164/rccm.200906-0937OC#.VDs-Nvl_vAk
濃度でテオフィリン製剤の効果を示すと以下のようになる。
ネオフィリン製剤を点滴した際の血中濃度の推移を示す。
テオフィリンの有効血中濃度は一般的には8〜15μg/mlであるが、効果や副作用においては個人差が非常に大きい薬剤である。
抗原の暴露によっておこる喘息発作は急性の即時型反応で、通常は一時間以内に収まる。その後、持続的な炎症反応である、遅発型反応が起こる。炎症性細胞が気道に遊走し、慢性炎症を起こす。
IgEを介する炎症カスケードは、抗原の感作に始まり、再暴露によって増幅する。
感作は抗原提示細胞である樹状細胞の抗原の取り込みにより始まる。
取り込まれた抗原は近くのT細胞に提示される。T細胞はケモカインやサイトカインを放出する。その際分泌されたIL-4とIL-13はB細胞を活性化形質細胞に分化させ、抗原特異的IgEを産生させる。
産生されたIgEはマスト細胞上の高親和性受容体であるFCεR1に結合する。
マスト細胞は、ヒスタミン、ロイコトリエン、プロスタノイド、プロテアーゼ、サイトカイン、ケモカインを発現する。
IgEにより炎症カスケードが活性化されると、遊離IgEが、マスト細胞や好酸球上に高親和性受容体の発現が増幅し、感作が成立する。
受容体に結合したIgEは即座に免疫記憶を形成する。
再暴露により抗原がIgEに結合するとIgEが架橋される。この架橋の数がある数を超えると脱顆粒が起こる。サイトカインをはじめとするケミカル・メディエーターが放出され、様々な反応が起こる。
放出されたIL-4、IL-5、IL-8は気道組織に炎症細胞を動員し、気管支収縮、気管支粘膜の浮腫、粘液腺の形成、細胞浸潤を引き起こす。
IgEがFCと結合する部位をブロックする抗IgE抗体であるゾレア(オマリズマブ)を投与することによりIgEと3量体や6量体を形成して、マスト細胞にIgE が結合することを抑制する。
その他にマスト細胞や好酸球の高親和性受容体を減少させる効果もあり、マスト細胞の脱顆粒も減少させる。
ゾレアは、これらの機序により、喘息症状を改善する。
http://www.xolair.jp/m_sayo/index.html#sayo
抗原の暴露から樹状細胞を介して抗原をTh2細胞に提示して好酸球などの浸潤をきたす経路においては、吸入ステロイドは著効を示すが、IgEの産生を介した肥満細胞からのヒスタミンなどの遊離により好中球の浸潤を中心とした炎症には、あまり効果が期待できない。こういった症例は、ある時突然に重篤な喘息発作をきたし、突然死する危険があり、先ほど述べたゾレアを用いた治療が必要であると考えられる。
http://www.jrs.or.jp/quicklink/journal/nopass_pdf/041090579j.pdf