2015年1月29日 ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル
演題「感染症治療の原点と感染制御 地域ネットワークの構築」
演者:東北大学医学研究科 内科病態学講座 感染制御・検査診断学分野教授 賀来 満夫 先生
内容及び補足「
WHOが2001年に多剤耐性菌に対する警告を発している。
『薬剤耐性菌の増加により抗菌薬はその役割を失いつつある。先進国での抗菌薬の無意味な処方量の増加に加え、発展途上国での低用量の処方いずれもが、薬剤耐性菌の増加に関与する。』
薬剤耐性菌とは、多くの抗生物質が効かなくなった最近で、病原性は必ずしも強くないものの、院内感染などの原因となる。
薬剤耐性の仕組みとしては、抗菌剤の作用点を変化させたり、抗菌剤を分解または就職する酵素を産生したり、菌外膜の薬剤透過性を低下させたり、菌体内に取り込まれた抗菌剤の能動排出を亢進させたり、染色体外遺伝子であるプラスミドなどをほかの菌より獲得したり、突然変異と選択を繰り返すことによって耐性を獲得する機序が考えられている。
http://www.santen.co.jp/medical/commons/pdf/inf11548.pdf
作用点を変化させる場合としてメチシリン耐性黄色ブドウ球菌MRSA、ペニシリン耐性肺炎球菌PRSP、BLNAR、バンコマイシン耐性腸球菌VRE、キノロン耐性菌などが挙げられる。
不活化酵素産生としてはβラクタマーゼ産生菌(ESBLs産生菌)、多剤耐性緑膿菌、KPCなどがある。
抗菌剤の細胞内意向を阻害する場合としてはカルバペネム耐性菌、薬剤能動排出ポンプ機能が亢進するものとしてキノロン剤耐性菌がある。
耐性菌が分離される病院数は徐々に増えてきている。
カルバペネム耐性菌は最初インド、バングラデッシュ、米国からの輸入症例であったが、現在では国内に蔓延している状況となっている。
http://yakutai.dept.med.gunma-u.ac.jp/project/3rdKyouikiSemi_v1.pdf
59歳スウェーデン在住のインド人男性で尿培養から見つかった肺炎桿菌はカルバペネム系薬耐性でニューデリー・メタロβラクタマーゼ-1(NDM-1)という新しい酵素によることがわかり、同じ症例で検出された大腸菌は伝達したと考えられるNDM-1プラスミドを保有していた。
このNDM-1産生菌は2010年にはイギリス、バングラデシュ、インド、パキスタンで広く認められ、当初日本においては輸入感染者のみであった。
イギリス国内の変化を見ていてもカルバペネム耐性株は、当初はNMD-1以外のものがほとんどであったが、2008年以降増加し、翌年においては半数以上がNDM-1陽性菌となっている。
NDM-1産生菌の薬剤感受性率を見てみると、恐ろしいことにほとんどの抗菌薬が無効となっている。
http://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099%2810%2970143-2/fulltext
ESBL産生菌とはExtended-spectrum-β-lactamases基質(特異性)拡張型β-ラクタマーゼ産生菌のことで、
? ペニシリン系だけでなく、セフェム系(第1〜4世代)も広く分解する
? 大腸菌、肺炎桿菌、プロテウスなどの腸内細菌が産生することが多い
? 菌の接触により、耐性機構が他の菌に伝達する
? 主に尿、便、呼吸器系検体から分離される
? 敗血症、尿路感染症、手術部位感染症、院内肺炎などの原因菌となることがある
のが特徴とされている。
東北大学における分離状況は以下のような状況であり、
各種抗菌薬の抗菌力は下図のような状況である。
薬剤耐性菌制御の難しさは
? インフルエンザウイルスなどと異なり、ヒトでの定着性(共存性)が高く、長期間保菌される
? 保菌=感染発症ではないので必ずしも治療が必要でない
? 感染症李朝では、抗生薬使用は必要不可欠である(耐性菌出現のポテンシャルが常に存在)
? 伝搬し、保菌者が増加する可能性がある
事が挙げられる。
感染症の初期対応を確実に行うためには、病原体のサーベイランス/モニタリングシステムの構築が不可欠となる。
多剤耐性菌制御のためのCDCガイドライン2006では以下のような二段階レベルのアプローチが提唱されている。
? すべての医療施設に対する一般的勧告:サーベイランス、コンプライアンス、アンチバイオグラム、教育、標準予防策、環境対策、抗菌薬適正使用
? 介入の強化が必要な場合:アクティブサーベイランスの必要性
薬剤耐性菌問題の要因は多々あり、感染伝播予防、抗生剤の適正使用など多岐にわたる。
各医療施設においての取り組みも大事であり、縦割りのチームではなく、横断的に組織された組織力が必要であり、さらに、そのチームのトップの問題意識や取り組む姿勢が極めて重要である。
加えて、医療従事者全員はもちろんのこと、患者及び患者家族を含めたトータルでの取り組みが重要である。
薬剤耐性菌制御の成功事例の検討からわかった決定要因としては、
1 病原体(クローンの相違)
2 医師(診断および抗生物質の使用)
3 患者(疾患パターン、ケースミックス)
4 マクロレベルの決定要因(医療制度および社会文化的要因)
5 感染管理行動
に集約できる。
抗生剤の適正使用のためには、原因菌は初めから判明していないため、誰もがEmpiric(経験的な)投与をせざるを得ない。
現在までに判明しているエビデンスに基づいたガイドラインを参考に、よし正確な情報に基づいた抗菌薬の選択投与に心掛けることが必要である。
そのためには細菌学的な疫学情報の把握が必要となる。
国内市中肺炎症例における原因微生物の頻度が斎藤らにより2006年報告された。
その報告によると、症例数は232例と少ないが、肺炎球菌、インフルエンザ菌、マイコプラズマ、肺炎クラミジアが多くみられている。
J Infect Chemother 2006; 12: 63-69.
地域や医療機関ごと、各科ごとに原因菌の頻度や耐性菌の頻度や薬剤感受性が異なるので、その情報把握・共有が必要となる。
アシネトバクターの多剤耐性株は関東・中部地域では高頻度に認められるが、北海道・東北地域、九州・沖縄地域ではほとんど見られない。
各病院・施設により検出分離菌や細菌の薬剤感受性パターンが異なる。
それらの情報をまとめたアンチバイオグラムを作成し、その情報を共有している。
院内でも各種病原体ごとにシートを作成し、情報の共有化、対応の統一化を図っている。
医師、歯科医師、薬剤師、看護師、検査技師、栄養士、事務員からなるICT(infectious control team)を作り、毎週火曜日に1〜2時間かけて院内全部署のラウンドを行っている。
月に一回以上のミーティングを行い、感染対策の現状評価、問題点の把握、マニュアル・通知類の改定と調整を行っている。
http://www.hosp.tohoku.ac.jp/departments/4500.html
薬剤耐性菌制御においては抗菌薬の適正使用は極めて重要である。
そのためには
Antibiotic Pressure Controlを測り、耐性かを防止するとともに、より薬剤が有効に作用する理論的な背景を理解して使用する薬物動態と薬物力学PK/PD (Pharmacokinetics/Pharmacodynamics)を考慮した使用方法が重要となる。
抗菌薬の効果は血中濃度が高くなるとその作用も強くなる。
MIC(minimum inhibitory concentration):細菌の増殖を抑制するために必要最小の薬物濃度、Cmax:最高血中濃度、AUC:薬剤濃度―時間曲線下面積という指標があり、これらの中で、以下の計算したものが、抗菌薬使用の際に考慮すべき指標と考えられている。
Cmax/MIC:Cmaxに対するMICの割合
AUC/MIC:AUCに対するMICの割合
Time above MIC:MICより高い血中濃度で推移した時間
http://kusuri-jouhou.com/pharmacokinetics/pkpd.html
抗菌薬によりPAE(postantibiotic effect:抗菌薬が細菌と接触した後菌の増殖を抑制する効果)が異なる。
濃度依存性殺菌作用と長いPAEがみられる抗菌薬として、キノロン系、アミノグリコシド系があり、PK/PDのパラメーターとしてはAUC/MIC、Cmax/MICが指標となる。
時間依存性殺菌作用と短いPAEがみられる抗菌薬として、ペニシリン系、セフェム系、カルバペネム系があり、Time above MICが指標となる。
時間依存性殺菌作用と長いPAEがみられる抗菌薬としてはマクロライド系、テトラサイクリン系、バンコマイシンがありAUC/MICが指標となる。
広島大学の森川則文先生がフィンバモン博士という抗菌薬のPk/PD計算点滴専用ソフトを作成しているので、利用してみるとよい。
http://home.hiroshima-u.ac.jp/morikawa/phi.pdf
濃度依存性抗菌薬
濃度依存性の抗菌薬ではMPC(Mutant Prevention Concentration:耐性菌出現阻止濃度)とMSW(Mutant Selection Window:耐性菌選択濃度域)を考慮する必要がある。
http://www.med.miyazaki-u.ac.jp/yakuzai/topics/PKPD2.pdf
MPCからMICの間の血中濃度は、通常の菌は殺菌されるが、耐性菌は生存可能な濃度といえる。
このタイプの抗菌薬の投与は高濃度で短期投与を行い、MPCの濃度を超えるように投与量を調節するということを念頭に置く必要がある。
時間依存性抗菌薬
時間依存性抗菌薬投与はどれだけの時間MIC値よりも高濃度で推移したかが重要となる。
一回大量投与と二回に分けての少量投与であれば、二回の方がMICを超えている時間が長くなる。
さらに服薬回数を多くすると抗菌作用を最大化させることも可能となる。
http://kusuri-jouhou.com/pharmacokinetics/pkpd.html
それ以外の観点として、抗生剤の点滴時間によっても効果が異なることがある。メロペネムを30分で投与した場合と3時間かけて投与した場合の血液濃度の推移が下記の様に異なるのである。
Target Attainment%がグラム陰性桿菌においてはTime above MIC(%T>MIC)
が約30%あれば静菌効果が、約50%あれば殺菌効果が得られるとされている。
30分での点滴と3時間での点滴では1回1グラムの投与でTime above MIC 30%に対して、それぞれ84.2%と91.1%、Time above MIC 50%に対しては72.1%と81.4%と異なることが理解される。つまり、メロペネムは短時間で投与するよりも長時間かけて投与するほうがより効果的ということができる。
http://www.antibiotics.or.jp/jara/journal/old_contents/Volume%2058/jja58159.pdf
その他の耐性菌防止する取り組みとして抗菌薬投与の仕方として
Switch(変更)、Mixing(併用)、Cycling(廻し使用)が提案されている。
重要なことは、
? 薬剤耐性菌そのものや感染リスクへの理解
? 感染対策の実際などについて知る
? 感染症はゼロにならないことへの理解
? 医療従事者と協力して対応していくことの重要性を社会全体の問題として理解
↓
薬剤耐性菌に関する様々な情報や感染症に関する正しい認識と理解などを医療従事者だけでなく、患者や市民が共有することが不可欠
参考サイト
第3回 多剤耐性菌制御のための教育セミナー 資料集
薬剤耐性菌研究会 耐性菌Q&A
日本感染症学会
日本化学療法学会
日本環境感染学会
日本臨床微生物学会