2015年2月5日
演題「両手の使いづらさと歩行障害、構音障害を呈した74歳 女性」
演者: 聖マリアンナ医科大学病院 内科 貫井咲希 先生
内容及び補足「
2012年9月ごろより、右手の使いづらさを自覚、また話し方が変なことを家族に指摘された。2013年1月初めより両下肢の重い感じが出現し、1月9日某病院を受診した。診察上両側腸腰筋の筋力低下を認めたが、血液検査で異常なく、頭部、頸髄MRI検査では陳旧性脳梗塞所見を認めるのみで、確定診断には至らなかった。その後徐々に症状は進行し、2013年6月頃より、手足の痺れ感、嚥下時の引っかかる感じが出現し、精査目的で同年9月18日当科紹介受診となり、入院となった。
既往歴:高血圧
診察所見では両下肢に知覚過敏、舌にFasciculation、右にTinel's sign陽性であった。
神経疾患診断手順として、
SLEチェックリストが有用である。
? System
運動系:錘体路、錐体外路、小脳
感覚系:脊髄視床路、後索、複合
自律神経系
高次脳機能
? Level
脳、脊髄、末梢神経、神経筋接合部、筋肉
? Etiology
突発性:血管障害(脳塞栓、くも膜下出血)、外傷
急性:感染症、血管障害(脳出血、脳血栓)、中毒
亜急性:炎症、自己免疫
慢性:腫瘍、変性疾患、先天性、老化、代謝
周期性・不定:精神障害、心身症、医原性
本症例においては:運動系+感覚系、末梢神経、亜急性〜慢性に該当すると考えられた。
慢性炎症性脱髄性多発神経炎(Chronic Inflammatory Demyelinating Polyneuropathy)
概念:2ヶ月以上にわたる慢性進行性、あるいは段階性、再発性の左右対称性の四肢の遠位、近位筋の筋力低下・感覚障害を主徴とした原因不明の末梢神経疾患であり、病院は末梢神経ミエリンの構成成分に対する免疫異常により生ずる自己免疫性疾患と考えられているが、詳細は不明である。
原因:末梢神経ミエリン構成成分に対する自己免疫によって発症すると考えられている。多発性硬化症の合併が見られ、末梢神経での類似の発症機序が想定されている。
症状:四肢の運動障害(手足の脱力、筋力低下)、ときに感覚障害(手足の痺れ、痛み)、ときに脳神経障害、自律神経も障害されることもある。2ヶ月から数か月以上の亜急性または慢性に進行する型(慢性進行型)、再発と寛解を繰り返す型(再発寛解型)がある。
四肢の腱反射は低下あるいは消失する。脳脊髄液検査ではたんぱく細胞解離を認める。
治療:ステロイド療法、血液浄化療法、免疫グロブリン静注療法などの免疫療法が有効であるが、根治治療法はない。
<診断基準>
1.主要項目
(1)発症と経過
?2 ヶ月以上の経過の、寛解・増悪を繰り返すか、慢性進行性の経過をとる多発ニューロパチーである。
?当該患者の多発ニューロパチーを説明できる明らかな基礎疾患、薬物使用、毒物への暴露がなく、類似疾 患の遺伝歴がない。
(2)検査所見
?末梢神経伝導検査で、2 本以上の運動神経において、脱髄を示唆する所見を示す。※注1
?脳脊髄液検査で、蛋白増加をみとめ、細胞数は 10/mm3 未満である。
?免疫グロブリン大量療法、副腎皮質ステロイド薬、血液浄化療法、その他の免疫療法などにより改善を示し た病歴がある。
?MRI で神経根あるいは馬尾の肥厚または造影所見がある。
?末梢神経生検で脱髄を示唆する所見がある。
2.鑑別診断
(1)全身性疾患等による末梢神経障害 糖尿病、アミロイドーシス、膠原病、血管炎、悪性腫瘍、多発性骨髄腫、中枢神経系脱髄疾患、HIV 感染症、サルコイドーシス
(2)末梢神経障害を起こす薬物への暴露
(3)末梢神経障害を起こす毒物への暴露
(4)末梢神経障害を起こす遺伝性疾患
3.診断の判定
(1)??ならびに(2)?のすべてを満たし、(2)?から?のうちいずれか1つを満たすもの。
注.2 本以上の運動神経で、脱髄を示唆する所見(?伝導速度の低下、?伝導ブロックまたは時間的分散の存在、?遠位潜時の延長、?F 波欠如または最短潜時の延長の少なくともひとつ)がみられることを記載した神経伝導検査レポートまたはそれと同内容の文書の写し(判読医の氏名の記載されたもの)を添付すること
http://www.nanbyou.or.jp/entry/3656
病型分類
典型的CIDP(typical CIDP) 最も多い
血液神経関門(BNB)は血液脳関門(BBB)と同様に血管内皮のtight junctionによって構成されており、抗体(免疫グロブリン)などの大分子量物質はBNBを通過できないため、典型的CIDPにおいてはBNBの脆弱な部位に好発しそれを反映した神経伝導異常が認められる。
BNBは遠位部神経終末と神経根において生理的に欠如している。運動神経が筋内に入って分枝し神経筋接合部にいたる直前の数mmの神経終末と、神経根部のBBBとBNBの境界部の数mmではバリアが欠如している。この遠位部神経終末と神経根に典型的CIDPの病変は好発する。
典型的CIDPでは近位筋が遠位筋と同様に障害されるという一般の多発ニューロパチーとは異なる特徴的な筋力分布の低下を呈するが、これは脱髄病変がBNB脆弱部である遠位部神経終末と神経根に限局することで説明可能である。すなわち末梢神経の遠位端と近位端に起こる病変は神経長に依存しないからである。
遠位部に病変が限局する場合は免疫治療後に長期完全寛解が得られることがある。遠位部神経終末の評価として重要なのが遠位部刺激によるCMAPである。
MADSAM(multifocal demyekinating sensory and motor neuropathy) 二番目に多く上記と合わせて8割以上を占める
典型的CIDPとは異なり遠位部CMAPが正常であり、本来BNBが機能している神経幹に局所性伝導ブロックが多巣性に生じる一群が存在する。その代表例が非対称性CIDP、すなわちMADSAMと多巣性運動運動ニューロパチーである。両者とも臨床病型が多発単ニューロパチーであることは神経幹の多巣性局所性脱髄病変が起こっていることとよく対応している。MADSAMでは多発性硬化症と同様にまず活性化リンパ球を介してBNBを破綻させる病態が先行することが予想され、細胞性免疫の関与が予想される。また長期経過中にワーラー変性のために遠位部CMAP振幅の低下がみられることがあるがその場合にも遠位型脱髄と異なり遠位潜時の延長や遠位部CMAP持続時間の延長も認められない。日本では1990年に目崎らがLewis-Sumner症候群(LSS)という名称を提唱した影響でLSSと呼ばれることもあるが世界的にはMADSAMが定着している。
DAD(distal acquired demyelinateing symmetric neuropathy)
遠位優位型CIDP、すなわちDADは、症状が遠位優位となることが特徴である。この病型の場合はMAG抗体陽性の脱髄性ニューロパチーが同様の臨床病型をとりやすいため注意が必要である。発症初期においてIgM抗MAG抗体はBNBを全く通過できないため、BNB欠損部である神経終末と神経根にしか作用できないので、臨床病型はDADと同様の経過となることがしられている。抗MAG抗体ニューロパチーは数年以上かけて緩徐に進行するため、経過中に二次性軸索変性を伴うためと考えられている。長期経過中におそらくサイトカインや補体の活性化などによりBNBが破壊されて病変は遠位部から徐々に神経幹におよび、神経伝導速度が低下していると考えられている。
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/cidp/sinkei_cidp_2013_02.pdf#search='CIDP'