失神とけいれん発作 阿部治彦先生
2016-09-26 19:56
川村内科診療所
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2016年9月16日 
演題「失神とけいれん発作」
演者: 産業医科大学医学部 不整脈先端治療学教授 阿部 治彦 先生
場所:ハイアット リージェンシー 東京
内容及び補足「
失神
定義
「一過性の意識消失発作の結果、姿勢が保持できなくなり、かつ自然に、または完全に意識の回復がみられること」基本的な病態生理は「脳全体の一過性低灌流」である。前駆症状(不動感、悪心、発汗、視力障害など)を伴うこともあれば、伴わないこともある。失神からの回復後に逆攻勢健忘を見ることもある。
原因疾患

鑑別を要する疾患及び病態


共通する病態及び自動調節機構
「脳全体の一過性低灌流」
脳循環が6〜8秒間中断されれば完全な意識消失に到り、収縮期血圧が60mmHgまで低下すると失神に到る。
脳への酸素供給が20%減少しただけでも意識消失をきたす。
血圧が変動しても、脳への血流を維持する機構で、生理的状態では収縮期血圧が70〜150mmHgの範囲内で脳血流は一定に保たれる。
PO2が低下した場合やPCO2が上昇した場合に脳血管の拡張を促す代謝性・化学性調節機構がある。
動脈圧が低下した際に、交感神経緊張が反射性に亢進し心拍数を増加、心収縮性を増加、末梢血管抵抗を増加させて動脈圧を維持する圧受容器反射機構がある。
瞬時に動員されるものではないが、腎臓、ホルモン等により循環血液量を維持する機構があり、これらの機能が不十分であると、失神を生じやすくさせる。これらの代償機転にもかかわらず、脳循環の自動調節機構の範囲を超えて血圧が低下し、しかもある一定以上持続した場合にも意識消失が生じる。

疫学
Framingham研究によると一般人口における失神の発生率は6.2/1000人年、積算発生率は10年間で6%、年齢とともに高くなり70歳以上で高率となり、性差はなかった

一方問診票を用いた横断研究では、失神の発生率(一回は失神を経験していた割合)は19〜30%であり、有意差を持って女性の発生率が高かった。失神の初発年齢の中央値は14〜25差で、若年に発生のピークを認めた。

欧米の報告では、救急部門(emergency department:ED)受診者における失神疑いの一過性意識障害患者の頻度は0.9〜1.7%で、入院率は36〜68%であった。
我が国における全国規模での失神患者の統計は存在しないが、東京都内の大学病院における救急車搬送患者の主訴を検討した報告では、救急患者のうち一過性意識障害を主訴とする患者は13%で、一過性意識障害の79%が失神であった。
同一施設からの報告では、外因を含めたすべての救急車搬送患者のうち3.5%が失神患者であった。
平成21年度の東京都消防庁の救急出場件数は約65.6万件で概算すると東京都民1300万にのうち年間約2.3万人が失神のために救急搬送されていると推測され、我が国のEDにおいても失神の頻度は高い症候である。

原因疾患としてはFramingham研究では、心原性が10%、非心原性のうち血管迷走神経性が21%、原因不明が37%であった。EDを受診した失神疑いの一過性意識障害患者を対象とした欧米の研究では、心原性失神が5〜37%、反射性(神経調節性)失神が35〜65%、起立性低血圧が3〜24%、原因不明が5〜41%であり、この中には、3〜20%の割合で非失神の病態による一過性意識障害が含まれていた。
年齢別に原因別頻度を検討した報告をまとめると、若年者では反射性(神経調節性)失神の頻度が高く、高齢者では心原性失神、起立性低血圧の頻度が高くなる傾向を認める。また、高齢者では失神の原因が複数存在する割合も高くなる。

  Framingham研究によると、心原性失神を起こした人は、失神を経験しなかったヒトと比較して、死亡のハザード比が2倍となり、心血管性イベントのハザード比は2倍以上であった。一方、心血管迷走神経性失神を起こした人は、死亡、失血管系イベントのハザード比ともに、失神を経験しなかったヒトと同等であり予後は良好であった。

失神の再発リスク
Framingham研究では失神の再発率は22〜28%であった。質問病による横断研究では複数回の失神を経験している割合は47〜64%と高率であった。
外傷合併のリスク
失神では立位保持ができなくなった際に受け身を取れずに転倒することが多く、外傷を伴いやすい。我が国の報告では、救急搬送された失神患者の17%に外傷を合併しており、欧米でのED受診者を対象とした報告では、外傷の合併率は26〜31%、うち骨折等の重症外傷が5〜10%、打撲や血腫などの軽傷外傷が21〜25%であった。失神の原因と外傷の合併率には明らかな関連性は認めなかった。

診断へのアプローチ
基本的な診断方法および診断フローチャートを示す。
何よりも病歴聴取が重要で、それぞれの病態に特徴的な前駆症状、随伴症状の有無を確認する。
長時間の立位時に悪心・嘔吐を伴う場合は、神経調節性失神が疑われる。
運動時に動悸あるいは胸痛が先行すれば、基質的心疾患に伴う不整脈が疑われる。
降圧薬服用の有無、突然死の家族歴の有無も診断の参考になる。
身体所見では、基質的心疾患を示唆する所見、血管雑音、血圧の左右差、自律神経失調を伴う神経疾患に特徴的な所見、外傷の有無などに注意する。
病歴聴取、血圧測定を含む身体所見、心電図検査による初期表評価に加え、状況に応じて、頸動脈洞マッサージ、心エコー検査、心電図モニターチルト試験、神経学的検査や血液検査を施行する。


初期評価後も失神の原因診断が不明な場合には、まずリスクの階層化を行い、ハイリスク所見の有無をチェックする。

ハイリスク所見を有すれば、基礎心疾患や心機能などを考慮しながら、運動負荷心電図、ホルター心電図、さらには必要に応じて、心臓電気整理検査、心臓カテーテル検査、冠動脈造影検査などを行い原因の確定をする必要がある。
失神の頻度にもよるが、週1回以上の頻度で失神あるいは失神前駆症状を認める場合には、ホルター心電図が有用であるが、4週肝以上感覚がある場合には体外式イベントレコーダーが有用となる。また、植め込み型心電計(植め込み型ループレコーダー:implantable loop recorder)の使用は、発生頻度が少ないかあるいは不定期に繰り返す場合に考慮される。
平成21年10月より保険秀才され、約3年間電池寿命を有する小型の植め込み型心電用データレコーダーが使用できるようになった。(埋め込みから6週間以上経過していればMRI検査も可能。ただし横向き姿勢では行わないこと等の注意点がある。)
http://www.nihonkohden.co.jp/iryo/products/pacemaker/ecg/confirm.html

https://square.umin.ac.jp/saspe/archive/37/37th_05.pdf

86名の原因不明の失神を主訴に来院した患者にILRを用いて検査を行った。61件71%で診断がついた。
心原性は42例、発作性房室ブロックが17例、Sicks Sinus Syndromeが15人、心房細動1例、心室細動が1例で、診断がつくまでの期間は1〜3週間が30%で、4から6か月後に診断がつく例が半数いた。早期に診断がつく例は心原性が多く、診断に時間がかかる症例は反射性失神が多かった。

421人の失神患者を調べた調査では、迷走神経性が47%、脳血管性が9%であり、てんかん発作は8%であった。

http://heart.bmj.com/content/90/1/52.full

起立性低血圧
病態生理
仰臥位から立位変換で、心臓への還流血液量が約30%減少し、心拍出量減少・体血圧低下が生じる。この際、圧受容器反射系が賦活され、健常者ではこの反射系が機能し血圧を適切に保つことができるが、反射系異常、循環血漿量低下状態では、起立時に高度の血圧低下をきたす。
診断と原因疾患
仰臥位・座位から立位への体位変換後3分以内に収縮期血圧が20mmHg以上低下するか、収縮期血圧の絶対値が90mmHg未満に低下、または拡張期血圧の10mmHg以上の低下が認められた際に起立性低血圧と診断する。
失神は朝起床時、食後・運動後に悪化する。
原因としては、体液量減少、血管拡張性薬剤の使用が最も多く、高齢者では薬剤によるものが多い。重症自律神経障害に本性が高ヒントに合併する。
治療
クラス1
急激な起立の回避
脱水、過食、飲酒などの誘因の回避
誘因となる薬剤の中止、減量。降圧薬、前立腺肥大症の治療薬のα遮断薬、硝酸薬、利尿薬など
クラス2a
循環血漿量の増加:食塩補給、糖質コルチコイド、エリスロポイエチン
弾性ストッキング
上半身を高くした睡眠
α刺激薬(塩酸ミドドリン、メチル硫酸アメジニウム、塩酸エチレフリン)
予後
基礎疾患の有無による、特発性を除き自律神経障害症例の予後は不良。加齢は起立性低血圧症例の死亡率増加をきたす。

神経調節性失神
神経反射性失神には神経調節性失神、頸動脈同症候群、状況失神等が含まれる。
臨床的特徴
神経調節性失神は1.心抑制型、2.血管抑制型、3.混合型に分類される。
発作直前に前駆症状を有する場合が多い。
長時間の立位姿勢、痛み刺激、精神的・肉体的ストレスや環境要因が誘因となる。
特に午前中に多く発生し、失神の持続時間は短く(1分以内)、転倒による外傷以外には後遺症を残さず、生命予後は良好である。
病態
立位により下肢静脈のうっ滞が起こり、心臓への静脈還流量が減少するために起こる。これによる動脈圧低下に対して、高圧系受容体反射により交感神経系の緊張と迷走神経系の抑制が生じる。立位姿勢を継続することにより、左室の機械的受容器を刺激し、血管運動中枢を抑制、迷走神経心臓抑制中枢を興奮させ血管拡張と心拍数減少をきたすと考えられている。
診断
前兆の有無、失神の最初から最後の発作期間が4年以上、意識回復後の悪心や発汗の有無、顔面蒼白、前失神状態の既往などが参考になる。
詳細な病歴聴取とHead-up tilt検査が有力。受動的立位として傾斜角60〜80度で20〜40分保持する。誘発されなければイソプロテレノール負荷、ニトログリセリン負荷検査を行う。評価は、同一臨床症状が誘発されれば問題ないが、一般的な診断基準は、収縮期血圧60〜80mmHg未満への低下や、収縮期あるいは平均血圧の20〜30mmHg以上の低下とされる。
ティルトテストの日内の再現性は良好であるが、日差変動がある。




治療
クラス1
病態の説明:8割の人に効果がある。
脱水、長時間の立位、飲酒、塩分制限などの誘因を避ける
α遮断薬、硝酸薬、利尿剤などの誘因となる薬剤の中止・減量
前駆症状出現時の回避法
クラス2a
循環血漿量の増加:食塩補給、鉱質コルチコイド
弾性ストッキング
ティルト訓練
上半身を高くした睡眠
α刺激薬、塩酸ミドドリン、メチル硫酸アメジニウム、塩酸エチレフリンの投与

失神回避方法:神経調節性失神の前兆を自覚した場合には、仰臥位などの体位変換あるいは等尺性運動を取らせることにより失神発作を回避あるいは遅らせることができる。
失神の予防治療:ペースメーカー治療、起立調節訓練法
起立調節訓練治療法:足を壁から15cmほど話して、背中を壁にぴったりくっつけてもたれかかり下半身を動かさないようにする方法である。
健康な人と神経調節性失神の人に同じ姿勢で立ってもらい脚の温度を測定すると、立った瞬間はどちらも同じように冷えている。

5分たつと健康な人の足首は冷えている状態であるが、立ちくらみがある人は足首の温度が上昇している。これは下に降りてきた血液を上に戻すことができなくて暖かい血液が下にたまっている状態である。健康な人は下にたまった血液を送り出すために交感神経が興奮して血管を収縮させて上に戻しているので足首の温度が低いのである。

起立調節訓練治療法
壁を背にして頭からお尻までを壁につけ、カカトを15?ほど壁から、離し足に力を入れないようにする。

失神しやすい人は、数分で顔色が悪くなり、7〜8分ほどで姿勢保持困難となる。この耐性を気分が悪くなるまで一日一回毎日行ってもらっていると、多くの人は2〜3週間で30分近くこの姿勢が維持できるようになる。この姿勢を取っているときの注意点は足に力を入れないことで、本を読んでいても、スマホをしても、テレビを見ていてもOKである。 
立ちくらみの予防法:
前兆が起きた時にしゃがみ込む。それ以外には、両腕を組んでギュッとお互いの手を引っ張る。

足を交差してギュッと力を入れる。

http://trendnews1.com/tameshite/12135/


予後
基質的心疾患が否定された神経調節性失神の予後は比較的良好であるが、交通事故や外傷などの原因になる可能性がある。
再発率:28%/3年、7%/1年〜15%/21か月、33%/23ヵ月、30.2%/30.4ヶ月、35%/3年などの再発率の報告がある。

状況失神
ある特定の状況または日常動作で誘発される失神で、神経調節性失神症候群に含まれる。急激な迷走神経活動亢進、交感神経活動低下、心臓の前負荷減少により、徐脈・心停止もしくは血圧低下をきたし失神する。排尿失神、排便失神、嚥下性失神、咳嗽失神などが含まれる。
治療
クラス1
病態の説明
飲酒、血管拡張薬、立位での排尿などの誘因を避け、便通の調整、嚥下方法の工夫などを行う
前駆症状出現時の回避法
クラス2a
重症例や心抑制型の例に対するペースメーカー治療
予後
失神の再発は血管迷走神経性失神とほぼ同様
採血と失神
採血時の合併症の中で失神発作はもっとも頻度が高く、軽症で0.76%、重症は0.027%の頻度で発症すると報告されている。
採血開始5分以内に発生することが多いが、採血中、採血前にも発生する。心理的不安、緊張もしくは採血に伴う自律神経反射によって発生する場合が多い。

神経調節性失神患者でILRにより経過観察された症例のうちAsystolic syncopeが3秒以上またはNon-syncopal asystoleが6秒以上のものに対してペースメーカーを挿入するかどうかで経過をみたISSUE 3試験がある。


繰り返す失神に対してPace Maker治療が有用であることが示された。


側頭葉てんかんで長い心停止をきたすことがありIctal Asystoleと呼ばれている。
下記の図にその1例の経過を示す。
66歳男性で月2〜3回の失神発作を1年半前から認めるようになった。心窩部の不快感、熱感、発汗、吐き気がしばしば前兆として認めていた。発作の頻度や重篤度が悪化して来院。安静時心電図は完全右脚ブロック+左講師ブロックを認めたが、心エコーや経食道エコー、負荷心電図、ambulatory ECG monitoring、胸部単純レントゲンでは異常を認めず、80度のhead-up tilt試験は30分間negativeであった。ILRを行ったところ3か月間に3回の失神発作を認めた。
まず洞性頻脈が起き、その後徐々に除脈となり、10秒間30〜40拍/分の洞性除脈や118秒間の心停止ととなっていた。
16チャンネルの脳波計の記録では、両側性に前側頭葉に発作性のてんかん発射を認めた。
(Sicks Sinus Syndromeでは頻脈直後に心停止が来るので経過が異なる。)

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jce.13009/abstract
てんかんに伴うictal bradycardiaやictal asystoleはてんかん患者3825例中0.27%に認められる。
Neurology 2007;69:434-441

ある報告では、呼吸の変化が起こってからictal bradycardia and asystoleが認められるのでcardiorespiratory reflexsが重要なのではないかとの報告もある。
J Neurol Neurosurg Psychiatry 1996;60:297-300
Epilepsy Curr 2009;9:91-95

波形記録した治療継続患者の8例0.12%にIAが認められた。CAIを判断できる脳波上Bilateral hypersynchronous slowing:BHSがはっきりと認められ、てんかん発作中にIAをみとめた10例とCAI徴候を認めない18例のてんかん発作を比較した。IAが始まってからてんかん発作が終わるまでの時間はBHSを認めた症例は10.5秒であるのに対して、BHSを認めない症例は28.3秒であり、てんかん発作の長さも短い傾向にあった。
このことは、脳の低酸素や虚血(cerebral anoxia-ischemia:CAI)はてんかんに伴う脳の過活動を自然に止める機序かもしれない。ただしictal asystole:IAが長引けばsudden unexplained death in epilepsy:SUDEPの原因となることもあり得るので注意が必要である。
Epilepsia  2010;51:170-173
参考HP
CS:失神の診断・治療ガイドライン(2012年)
JCS:失神の診断における電気生理検査の意義と適応について(2011年)
ESC/EHRA/HFA/HRS:失神の診断と管理(2009年)
JCS:失神の診断・治療ガイドライン(2007年)
失神の診断・治療ガイドラインダイジェスト JCS2007
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