2017年4月12日
演題「Aldosterone Breakthroughを考える Drug Effectを考慮した新たな循環器治療〜臓器保護をいかに行うか〜」
演者: 日本大学医学部外科学系心臓血管外科学分野講師 瀬在 明 先生
場所: 横浜ベイシェラトン ホテル&タワーズ
内容及び補足「
近年心臓外科の手術手技・機材の進歩が目覚ましく、心臓手術後の患者さんの予後が平均寿命を超えてきている。
心臓の手術:特に心不全患者さんの手術をする際にレニンアンギオテンシン系(RAAS系)の関与が大切である。
肝臓や肥大化脂肪細胞から分泌されるアンジオテンシノーゲンを、傍糸球体細胞から分泌されるレニンがアンジオテンシン1に変換する。
アンジオテンシン1は、肺の毛細血管内皮に存在するACE(アンジオテンシン変換酵素)によって、アンジオテンシン2に変換される。
ACEはキニン−カリクレイン系ではキニナーゼ2と呼ばれていて、ブラジキニンを分解する。
アンジオテンシン2はAT1受容体を刺激して、アルドステロン分泌を亢進させ、遠位尿細管のNa+の再吸収を増加させ、Na+,H2Oの貯留を起こさせ、副腎髄質に作用し、アドレナリンの放出を促し、血管に作用して血管を収縮させる働きがあり、これら作用の結果体血圧上昇がおこる。
http://kusuri-yakugaku.com/pharmaceutical-field/pharmacolory/%E3%83%AC%E3%83%8B%E3%83%B3-%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%AA%E3%83%86%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%B3-%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AD%E3%83%B3%E7%B3%BB%EF%BC%88raa%E7%B3%BB/
アルドステロンの有害作用を見てみると、いろいろな観点から高血圧のみばかりでなく、いろいろな臓器障害をきたす。
https://academic.oup.com/cardiovascres/article/61/4/663/332042/Review-of-aldosterone-and-angiotensin-II-induced
治療としては、ACEI、ARB、抗アルドステロン薬、ハンプ製剤がある。
ハンプはα型ヒト心房性ナトリウム利尿ペプチドの受容体に結合し、グアニル酸シクラーゼを活性化し、cAMPを増加させ、血管を拡張させ心臓の前負荷・後負荷を軽減させる心不全治療薬である。また、アルドステロンやバゾプレッシンに拮抗することで水の再吸収を阻害し利尿作用を示すといわれている。
投与方法はカルペリチドとして0.1μg/?/minで持続静脈内投与し、病態に応じて0.2μg/?/minまで増量可能な薬剤である。
心房性利尿ペプチドにはBNPもある。BNP(Nesiritide)を7141例の急性心不全患者に用いて検討した結果では、6時間後の呼吸困難は改善したが、30日以内の心不全の再入院と死亡には差がなく、腎機能にも影響しなかった。
よくよく論文を読んでみると、2μg/?をBolus投与であり、このことが有効性を導けなかったのではないかと個人的には考えている。
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1100171#t=article
1216例の急性冠不全症候群患者に対して、緊急PCI療法を行った直後からhANPを追加投与した群と投与しない群で比較検討すると、梗塞サイズを減少させ、駆出率の改善が見られた。
hANPを使用した群では、Cardiac Deathと心不全はほとんど見られなかった。
http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(07)61634-1/fulltext
人工心肺装置cardiopulmonary bypass (CPB)を回す心臓手術の術中よりhANPを使った群と使わない群で比較検討してみた。
そうすると血中のレニンやアンジオテンシン2の濃度が抑制され、GFRが維持され、尿量が確保され、利尿剤の必要量が減少し、胸水量も減少した。
Outcomeとしては、早期や長期の死亡率には差が出なかったが、5〜8年の心臓死はhANP投与群で1.5%だったのに対してControl群では14.5%と有意な差を認めた。
(A) The overall survival rate showed no significant difference between the 2 groups. (B) The cardiac death-free rate was significantly higher in the human atrial natriuretic peptide (hANP) group than in the placebo group. (C) The cardiac event-free rate was significantly higher in the hANP group than in the placebo group. Solid lines = hANP group; dashed lines = placebo group.
http://www.annalsthoracicsurgery.org/article/S0003-4975(99)01305-3/fulltext
心臓バイパス術を行なった504例をhANPの少量持続投与を併用するかどうかの二群に分けて影響を検討してみた。
クレアチニンクリアランスは、hANP投与群では手術当日の低下も認めず、プラセボ群では4例透析が必要となったが、hANP投与群では1人もいなかった。
当然ANPを投与しているので術中から翌日にかけては高濃度になっており、Renin、アンギオテンシン2、アルドステロンの分泌は有意に低下しています。
http://www.onlinejacc.org/content/accj/54/12/1058.full.pdf
透析をしていないCKDを有する患者303例でCABGを行う際に、少量持続のhANPを使用した群とそうでない群の比較を行った。ではほとんどの症例で透析は不要であった。
生存率には有意な差は認めなかったが、心イベントの頻度では有意な差を認めた。
腎機能の変化でも、hANP groupでは、21.6 ± 42.8%の上昇であったの比べ、プラセボ群では、 71.1 ± 130.6%のクレアチニンの上昇であり、有意な差を認めた。
http://www.onlinejacc.org/content/accj/58/9/897.full.pdf
56歳の糖尿病患者で透析になってしまった患者さんにhANP 0.05μg/?/min投与により200ml/dayしかなかった尿量が2000-300ml/dayにまで増加し、血清クレアチニン値が8を超えていた人が2台に改善し、透析から離脱できた。
参:この症例の経過を示せないので、以前瀬在先生が挙げられた、急性大動脈解離の患者さんの経緯を示します。
突然の胸痛と左下肢麻痺を呈した急性大動脈解離の患者さんに緊急手術を行った後にMyonephropathic Metabolic Syndromeとなった。
Preoperative computed tomography scan shows acute aortic dissection (arrow, right iliac artery)
術後6日までは0.1μg/kg/minのスピードでhANPの投与を行い、その後漸減した。2日目にはCK濃度は 118380U/Lにまで上昇したが、hANPの投与により、尿量は10,000ml確保でき、血清Creatinine値も5日目に3.76mg/dl をピークに血液透析を行うこともなくその後低下し、正常域にまで改善した。
下肢のチアノーゼ、腫脹、感覚異常、動作障害は徐々に改善し、30日後には後遺症もなく退院できた。
http://www.annalsthoracicsurgery.org/article/S0003-4975(09)00356-7/fulltext
レトロスペクティブに透析をしている128例の心臓手術をされた患者の予後を、hANPを投与されていたかどうかで比較してみた。入院中の死亡率は1.6%に対して12.3%、2年後の生存率は90.5%に対して76.9%、2年後のMACCE (major adverse cardiovascular and cerebrovascular events-free rateは90.5%に対して67.7%と明らかにCarperitide (hANP)で有意に改善していた。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/atcs/22/4/22_oa.15-00239/_pdf
以上のことから心臓術後の予後を良くするのにはアルドステロンの有害作用を抑える必要があることがわかる。特に1999年に発表された論文は衝撃的であった。
6か月以内にNYHAのClass ?を呈したことがあり、エントリー時に?または?の1663例、左室駆出率35%以下のACE阻害薬とループ利尿剤で治療を受けている慢性心不全患者にスピロノラクトン追加投与とプラセボ群での比較試験である。
プ ラセボ群では372名(44%)の死亡に対し、スピロノラクトン群では283名(34%)の死亡が確認され、27%の死亡減少効果が認められた。非致死的 再入院は、プラセボ群で764名(91%)、スピロノラクトン群で663名(81%)、入院はそれぞれ1317回と1088回で22%の入院減少効果を認 めた。
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJM199909023411001
急性心筋梗塞患者に緊急CABGを行った105例の予後に影響する因子を検討した。
hANPの治療を行わなかったもの、抗アルドステロン薬を使用していないもの、三か月後のBNPが200pg/dLを超えるもの、3か月後のアルドステロンが100を超えるものが因子として取り上げられた。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/atcs/18/4/18_oa.11.01821/_pdf
意外だったのはARB使用例でイベントが多かったことである。
そこでイベントが起こった人のカルテを片っ端から調べてみた。わかったことは、重症の高血圧患者で、そのほとんどの症例でカンデサルタンが投与されていた。つまりアルドステロン・ブレイクスルー現象の影響ではないかということを考えた。
アルドステロン・ブレイクスルー現象:ARBやACEIでアルドステロンを抑えていても、何らかの原因でアルドステロンが増加するを現象いう。
Spat A et al. Physiol Rev 84: 489-539, 2004より一部改変
注) アルドステロン・ブレイクスルーの要因として、 1)非RASによるアルドステロン産生に加えて、2)不十分なACE活性阻害、3)非ACE経路を介したアンジオテンシン2産生(ACE阻害薬の場 合)、4)アンジオテンシン2のブレイクスルー、5)AT2受容体を介したアルドステロン・ブレイクスルーなどが考えられ、ACE阻害薬とARBとでは アルドステロン・ブレイクスルーの要因が異なる可能性もある。
メカニズムとして、
1. 「ACEI」によって大量に蓄積したアンジオテンシン1がフィードバック作用でレニン活性を上昇させ、レニン・アンジオテンシン系全体を活性化させる。
2. レニンの前駆物質であるプロレニンがアンジオテンシンを介さないルートでアルドステロンを産生する。
実際のアルドステロン・ブレイクスルー現象の頻度を調べた報告を見てみると、6か月以上の経過での報告が多く、おおむね40%程度である。
ARB のCandesartanからOlmesartanへの変更で血圧を含めどのように変わるかを検討してみた。アンジオテンシン?もアルドステロンも、1年 たっても減少したままであり、アルドステロン・ブレイクスルー現象はOlmesartanでは認められないと考えられる。
左室重量やBNPも約7割の値に低下した。
左室の重量とアンジオテンシン2濃度には相関関係は認めないが、アルドステロンとは相関が認められ、アルドステロンの低下を維持することが、心筋の肥大抑制になる可能性がある。
Olmesartanに変更後、一年たっても血圧は有意に低下していた。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/atcs/17/5/17_oa.11.01691/_pdf
1年以上Candesartan(ブロプレス)を内服している50例の安定している本態性高血圧患者にOlmesartanに変更する群と継続する群で比較検討した研究がある。
黒く塗りつぶしてあるのがブロプレスからオルメテックに変更したもので、白抜きはブロプレスのままのデータである。アルドステロンの値は変化しなかったが、3カ月以降アンギオテンシン2の濃度は低下している。
心筋量はオルメテック投与群で心肥大抑制効果が認められた。
http://www.nature.com/hr/journal/v33/n2/full/hr2009192a.html
アンギオテンシンの作用はAT1受容体を介したものがよく知られている。
http://www.nature.com/hr/journal/v32/n7/full/hr200974a.html
それ以外にもAT2受容体を介したもの、MAS oncogeneを介したものもあり、これらの受容体を刺激する物質としてアンギオテンシン1-7も注目されてきた。ACEを介したAT1活性化は臓器障害をきたし、ACE2を介したAT2およびMAS活性化は臓器保護をもたらすと考えられる。
http://www.nature.com/hr/journal/v32/n7/full/hr200974a.html
レニン・アンギオテンシン・アルドステロン系の概略図を書くと下図のようになります。
武田薬品からスーパーARBが出るといわれ、そのスーパーARBであるアジルバと今までのARBで一番有効であると思っていたオルメテックとの効果の違いを確認したくて臨床試験を組んだ。アルドステロン・ブレイクスルー現象が3〜6ヶ月でみられると考えていたので、それぞれの薬剤を1年間投与してからクロスオーバする試験を考えた。試験デザインは下図のようになる。
降圧効果に有意な差は認めなかった。つまり降圧効果についてはアジルバもオルメッテクも非常に良い薬であるということである。
しかし、臨床で使っていて、ときどきアジルバで血圧があまり下がらない人がいることに気づいていた。実際この研究のデータを見直してみると、カルシウムブロッカーの上乗せをした症例は、アジルバは12例20回、オルメテックは4例4回と有意な差を認めた。特に半年以降において、アジルバで追加投与例が多くなった。その原因の一つとしては、この試験のエントリーが5月から7月にかけえて行ったので、半年後は寒い時期にあたったため、追加投与が必要であったと考えられる。
1年後のレニン濃度には有意な差を認めなかったが、アンジオテンシン2とアルドステロン値には有意な差を認めた。
そして、左室重量においても有意な差を認めた。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/atcs/22/3/22_oa.16-00054/_pdf
この差の原因の一つとして、アルドステロン・ブレイクスルー現象が考えられるので、武田薬品の人にアルドステロン・ブレイクスルー現象についてみると、臨床試験ではその湯女変化はなく、レニンもアルドステロンも有意な変化はなかったといわれた。データを見てみると、レニンは1.89±2.08→2.16±2.77、アルドステロンは25.8±67.9→30.8±46.6と確かに有意な変化とはなっていなかった。しかし残念なことに三か月後のデータしか測定されておらず、長期間の変化は不明であった。
薬学に詳しい先生にいろいろと聞いてみたところ、構造式も非常に似ており、それほどの差が出るとは思えないというお話を滔々とされた。
今後の研究を待ちたいところである。
アジルバ構造式 オルメテック構造式
アジルバ代謝産物 オルメテック代謝産物
https://www.takedamed.com/mcm/medicine/download.jsp?id=151&type=INTERVIEW_FORM
https://www.medicallibrary-dsc.info/di/olmetec_tablets_5mg/pdf/if_olm_1702_21.pdf
生活習慣病に伴って生じるSleep Disordered Breathing(SDB)の治療が循環器疾患の予後に影響しているが、心臓術後の患者さんに対する研究はほとんどなされていない。
1005例の心臓手術が行われた患者さんで、検討してみた。
227例22.6%ではSDBを認めず、361例35.9%で軽度、260例25.9%で中等度、157例15.6%で重度のSDBを認めた。
重症度が増すにつれ、Ejection fractionは低下し心房細動は高率に出現し、BNPも高値を呈した。
心臓術後の心房細動は、SDBがないグループでは、28例13.6%に、軽度のSDBでは43例13.5%、中等度のSDBでは74例31.9%に、重度の場合には73例52.5%に認めた。
これらの人にCPAPやASVを導入したら、熟睡感が認められ、昼間すっきりし、泌尿器科受診しても改善しない夜間尿の人(2割程度いる)が改善し、慢性心不全の急性増悪で入院する人が減少した。
導入前後でホルター心電図比較を見てみると夜間の不整脈が有意に減少していた。
http://www.internationaljournalofcardiology.com/article/S0167-5273(16)33515-X/abstract
心臓手術後の経過で悪化しやすい人たちはCTR80%以上、EF20%以下、MR4度といった人たちである。
NYHA3度の21例の人たちに2週間ごとにhANPを0.05μg/kg/minで5時間の外来点滴を行っている。
3例は4度に悪化したが、変わらない人3例、2度に改善が8例、1度になった人が7例という結果であり、6年下の死亡例は2例だった。
最近共感してくれた医師が、在宅での少量持続hANP投与を行っていて、今後広まっていくことを期待している。
参:ASV(Adaptive-SeroVentilator):マスク式人工呼吸器の一種。
従来のNPPVとは異なり、患者の呼吸を学習し、その呼吸パターンに同調して滑らかに圧力を供給する独自の機能を装備することにより、陽圧呼吸治療に対する忍容性の向上を実現した治療器。
テイジンでは、適切な患者教育のための勉強会の支援や患者教育資料の提供も行っている。
http://medical.teijin-pharma.co.jp/zaitaku/product/asv/index.html
心不全の治療薬としてTolvaptan:Vasoprssin V2受容体ブロッカーがあるが米国での臨床試験で生命予後を改善しない結果となった。おそらくRAAS系を抑制しないためだと思われる。
file:///C:/Users/PCUser/Downloads/joc70029_1319_1331.pdf
参:Tolvaptan:サムスカ 電解質バランスを損なわず、自由水の排泄を促進させる選択的バソプレッシンV2受容体拮抗薬は、体液貯留が残存する病態や低Na血症の治療に有効な薬剤として期待され、開発された。
バソプレッシン受容体:
作用機序は集合管にあるV2受容体に作用して水の再吸収を阻害する。
心不全患者に投与して、30?、45?、60?の3群ともに体重の減少を認めたが、容量依存性は認めなかった。
Circulation 2003;107(21):2690-6