2017年5月11日
演題「2015年夏に千葉県で発生した日本脳炎の乳児例」
演者: 独立行政法人総合病院国保旭中央病院 小児総合診療部長 北澤 克彦 先生
場所: 横浜ベイシェラトンホテル&タワーズ
内容及び補足「
症例:10ヵ月男児
主訴:発熱、ずっと左を見ている
現病歴:8月18日38度台の発熱あり、近医で抗菌薬処方。
20日解熱なく、再診。抗菌薬変更。帰宅後、ウトウトして左を見ていることが多くなった。
21日同院を再度受診し、当院紹介となる。意識障害、左共同偏視を認め、脳炎疑いで入院。経口摂取不良、尿量減少有るも、嘔吐下痢はなし。
入院時所見:体温38.6℃、心拍数144/分、呼吸数48/分、SpO2=96%、呼吸音清、心音純、腹部平坦・軟、下腿を中心に虫刺痕(陳旧性)多数
神経学的所見:項部硬直なし、意識傾眠:痛み刺激で弱く啼泣、追視なく両側眼球は左方偏位、対光反射intact、四肢麻痺あり(右上下肢1/5、左上下肢4/5)、四肢深部腱反射亢進、Babinski徴候陽性、Chaddock反射陽性
血液検査:異常なし
髄液検査:細胞数 43/μl(単核93%、多核7%)、蛋白33mg/dl、糖70mg/dl、圧180mmH2O
入院後ステロイドのパルス療法で意識障害が改善してきたので、7日目に再度行い、10日目よりリハビリテーションを開始した。22日目に髄液の日本脳炎ウイルスのRNA陽性との連絡をもらい、日本脳炎の確定診断に到った。
日本脳炎HI抗体価は、8月22日(第2病日)で10倍、31日で80倍、11月7日で160倍であった。
頭部MRIでは、経過とともに両側視床の破壊、両側大脳の萎縮が認められた。
現在も重度の神経学的後遺症(四肢麻痺、知的障害)があり、リハビリでわずかに回復している状況である。
日本脳炎:おもにコガタアカイエカによって媒介される、フラビウイルス科の日本脳炎ウイルスによっておこる感染症。1935年に人の感染脳から初めて分離された。
下図のように、極東から東南アジア・南アジアにかけて分布。
年間3〜4万人の患者報告がある。日本と韓国はワクチンの定期接種によりすでに流行が阻止されている。
https://www.cdc.gov/japaneseencephalitis/maps/index.html
2009〜2011年の世界における発生状況を見ると、10万人当たり罹患率が0.4を超えたのはインドとネパールだけであり、0.1を超えたのは中国、スリランカ、台湾、韓国の4か国に過ぎない。
日本脳炎感染者はワクチン接種前の1967以前は1000人前後であったが、ワクチン接種が行われるようになってから100人以下となり、1991年にワクチンが改良されてからは10人未満となった。
http://idsc.nih.go.jp/disease/JEncephalitis/QAJE02/fig01.gif
http://www.htv.jp/kansensho/program2/menu5.html
近年の日本脳炎発症患者数は、圧倒的に60‐70台に多い。
小児では7〜8歳で多かった。
ワクチンの接種により抗体価の上昇が見られ、30歳後半までは高抗体価が維持されているが40歳代以降は抗体価が激減しており、成人に対してもワクチン接種がすすめられる。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/y-graphs/7175-je-yosoku-serum2016.html
6歳までの抗体保有率が2008年までは低かったがその後、ワクチン接種が行われるようにあり2012年からは2歳以上で抗体保有率は上昇してきた。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/y-graphs/7194-je-yosoku-year2016.html
日本脳炎ウイルスの増幅動物である豚における感染状況を見ると、毎年西日本を中心に広い地域で抗体陽性の蓋が確認されている。
http://idsc.nih.go.jp/disease/JEncephalitis/QAJE02/fig02.gif
2015年においても同様の傾向であり、千葉での感染率が高いことが見てとれる。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/y-graphs/6734-je-yosoku-swine2015.html
豚における日本脳炎ウイルスの感染時期は、6〜7月頃に吸収、中国、四国地方から始まり、8〜9月にかけてそれ以外の地域に広がっていくのがわかる。
http://idsc.nih.go.jp/disease/JEncephalitis/QAJE02/fig03.gif
豚で増幅したウイルス吸った蚊が、人を刺し感染が広まるため、豚の抗体保有率が高い地域に感染者数が多いのが見て取れる。小児の日本脳炎の月別発生数を見てみると8月9月に多くなるので6月頃までに摂取することがすすめられる。
https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disease/JEncephalitis/QAJE2016/img07.png
日本脳炎予防接種状況を見てみると、20歳以下でワクチン接種頻度が高くなっているが、3歳時点ではまだ摂取数が少なく、法律上6ヶ月から摂取可能であるので、感染頻度が多い地域では早期からの摂取が望ましい。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/y-graphs/6414-je-yosoku-vaccine2015.html
抗体価が高くなる3回以上の摂取が推奨される。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/y-graphs/6739-je-yosoku-serumvac2015.html
参:水田で発生するコガタアカイエカが媒介し、熱帯ではその他数種類の過が媒介することが知られている。小型アカイエカはデング熱のヒトスジシマカと違って風に乗ると20?位移動したという記録もあり、いろいろな場所にいる可能性があるが、患者発生数が少ないのは予防接種のおかげである。
http://www.htv.jp/kansensho/program2/menu5.html
人から人への感染はなく、増幅動物である豚の体内でいったん増えて血液中に排出されたウイルスを蚊が吸血し、その後、人を刺した時に感染する。自然界の終末の宿主はヒトであるが、ヒトの血液中で検出されるウイルスは一過性であり量もきわめて少ない。感染しても日本脳炎を発病するのは100〜1000人に1人程度でほとんどが無症状で終わる。潜伏期間は6〜16日で、定型的な病型は髄膜脳炎型であるが、脊髄炎症状が顕著な脊髄炎型の症例もある。
症状:数日間の38〜40℃の高熱と、頭痛、悪心、嘔吐、めまいなどで発症。小児では腹痛、下痢を伴うことも多い。これらの症状に引き続いて、急激に項部硬直、光線過敏、意識障害とともに神経系の障害を示唆する症状(筋強直、脳神経症状、不随意運動、振戦、麻痺、病的反射など)が現れる。感覚障害は稀で、麻痺は上肢に起こることが多く、脊髄障害や球麻痺症状の症例もある。痙攣は小児で多く、成人では10%以下である。
検査所見:末梢血白血球数の軽度上昇があり、急性期には無菌性膿尿、顕微鏡的血尿、蛋白尿などの尿路系所見が良く見られる。髄液圧は上昇し、髄液細胞数は初期には多核球優位で、その後リンパ球優位となり10〜500程度に上昇することが多く、蛋白は50〜100mg/dL程度の軽度上昇がみられる。死亡率は20〜40%で、幼少児や老人では死亡率は高くなる。精神神経学的後遺症は生存者の45〜70%に残り、小児では特に重度の障害を残すことが多い。
診断:血清抗体価を調べる。赤血球凝集抑制(HI)試験、補体結合(CF)試験、ELISA法、中和試験などがある。HI、CF抗体で確定診断する場合、単一血清ではそれぞれ1:640、1:32以上の抗体価であることが必要である。急性期と回復期のペア結成で抗体価が4倍以上上昇していれば、感染はほぼ確実と言える。剖検あるいは鼻腔からの脳低穿刺による脳材料が得られた場合は、ウイルス分離、ウイルス抗原の検出、あるいはRT-PCR法によるウイルスRNAの検出により確実な診断となる。血液や髄液からのウイルス検出は非常に困難。
治療:特異的な治療法はなく、対症療法が中心となる。高熱と痙攣の管理が重要。脳浮腫対策も重要で、大量ステロイド療法は一時的に症状を改善することはあっても、予後、死亡率、後遺症などの改善は期待できない。
不活化ワクチンが予防に有効であることは証明されています。
平成7〜18年度日本脳炎ワクチンの定期予防接種実施者数
積極的勧奨が差し控えられる前の実施者数は、初回接種(生後6〜90 ヵ月未満、標準的な接種年齢:3 歳で2 回、4 歳で1 回):約280 万人/年
2期接種(9〜13 歳未満、標準的な接種年齢9 歳):約80 万人/年
3期接種(14〜15 歳、標準的な接種年齢14 歳):約60 万人/年
平成17年5月に積極的勧奨の差し控えることになった為、平成17年7月に、3期接種は中止になったため、実施者数はそれぞれ、
初回接種(生後6〜90 ヵ月未満、標準的な接種年齢:3 歳で2 回、4 歳で1 回):約63 万人/平成17 年度 ・約12 万人/平成18 年度
2 期接種(9〜13 歳未満、標準的な接種年齢9 歳):約19 万人/平成17 年度 ・約2 万人/平成18 年度
3 期接種(14〜15 歳、標準的な接種年齢14 歳):約13 万人/平成17 年度・平成18 年度は中止
と報告されている。