2017年9月21日
演題「心疾患発症阻止を見据えた血糖管理 ―DPP-4阻害薬、SGLT2阻害薬をいかに使いこなすか―」
演者:東京慈恵会医科大学内科学講座 糖尿病・代謝・内分泌内科教授 森 豊先生
場所:ホテルニューグランド
内容及び補足「
糖尿病治療ガイド2016-2017においては、基本的な考え方として、『2型糖尿病は、インスリン分泌低下やインスリン抵抗性をきたす素因を含む複数の遺伝子に、過食(特に高脂肪食)、運動不足、肥満、ストレスなどの環境因子および加齢が加わり発症する。1型糖尿病では、インスリンを合成・分泌する膵ランゲルハンス島β細胞の破壊・消失がインスリン作用不足の主要な原因である。糖尿病型の高血糖が別の日に2回確認できれば糖尿病と診断できる。ただしHbA1c≧6.5%の場合や、糖尿病の典型的な症状である口渇、多飲、多尿、体重減少がある場合、確実な糖尿病網膜症がある場合は、同時に血糖値が糖尿病系を示していれば1回の検査だけでも糖尿病と診断できる。無治療の糖尿病における持続的高血糖は最小血管症や大血管症を引き起こし健康寿命の短縮をきたす。
したがって、糖尿病治療の治療目標は『糖尿病の血管合併症の発症、伸展を防止し、日常生活の質の維持と健康寿命の確保である』と掲げられている。
http://www.jds.or.jp/modules/education/index.php?content_id=11
様々や薬剤が使えるようになってきた今日、患者さんの病態に合わせて、血糖降下薬の特性を理解した治療薬の選択が必要になってくる。持続血糖モニターを用いて各薬剤の特性を比較してみよう。
評価する項目は、時効型溶解インスリン製剤投与から24時間の平均血糖値、24時間の血糖変動幅(24時間平均血糖値を基準とし持続血糖曲線との間の面積)総和、3回の食事の平均食後血糖上昇幅である。
51歳男性で入院後インスリン治療を開始し、デテミル8単位投与では、昼食後および夕食後に200mg/ld.以上に食後血糖の上昇が見られ、ミグリトール併用投与により食後血糖の上昇は著明に抑制された。平均血糖値は、112.1→102.7mg/dLの変化であるが、SDは29.7→15.8mg/dL、MAGEは84.5→43.3mg/dLと著明に改善していることが数値上でも確認できる。
(Progress in Med 29;459-464, 2009)
SU薬(アマリールやオイグルコンなど)
78歳男性HbA1c 9.3%、BMI25.3、尿Cペプチド36.7μg/日の2型糖尿病患者で1600Kcalの食事療法科では朝食前血糖値は200mg/dLを超え、食後は350〜400mg/dLにまで達しており、200〜400mg/dLの間で推移していた。グリメピリド0.5?/日→1mg/日→2mg/日に増量した所、昼食前、夕食前、就前の血糖値は容量依存的に低下してきたが、朝食後の血糖値はほとんど変化しなかった。
この結果HbA1cに相当する24時間の平均血糖値はグリメピリドの増量に伴い劇的に低下しているが、対照的に24時間288個の血糖値の標準偏差(SD)、MAGE、血糖変動幅総面積といった血糖変動幅の指標は全く改善していない。
このことは、SU薬投与による血糖変化は、血糖変動幅は変わらずに、昼食前血糖値以降の血糖変動が全体的に下方へシフトしていき、その結果、平均血糖値(HbA1c)が劇的に低下したものと考えられる。HbA1cのみを指標として、厳格な血糖コントロールを行った場合には、夕食前や夜帯に低血糖を起こす危険が増加することが容易に推察できる。
このSU薬に食後血糖の上昇を抑えるα-GIの様な薬剤を併用することは有用であり、実際この症例においてミグリトール150?/dLを併用することにより、各食後の血糖値はいずれも低下し、夕食前血糖値はむしろ上昇し、グリメピリド単独では改善しなかったSD、MAGE、血糖変動幅総面積は、いずれも大きく低下している。
アクトス
62歳女性Lis:6-6--8-0、Detemir0-0-0-3単位で血糖コントロール不良で尿中Cペプチド79μg/日であったため、ピオグリダゾン15mg/日の併用投与が開始となった二型糖尿病患者で投与開始前は昼食後に100前後に低下する以外は200前後で推移していた。
ピオグリダゾンン投与により、2週間後、3か月と平均血糖値は201.6→170.6→137.2と著明に改善しているが、血糖値のばらつきの指標であるSDやMAGEは一時少しの改善を見せたが3ヶ月後にはかえって悪化している数値となっている。上記グラフからみて明らかに食後の血糖変動に対する作用はあまりなく、夜間深夜帯から朝食前の血糖値を強力に低下させることがわかる。
(治療 92;569-576 2010)
メトホルミン
69歳男性でグリメピリド2mg/日とメトホルミン750mg/日で治療していた患者さんで、入院時BMI 22.3、HbA1c 8.8%、尿中Cペプチド43.5μg/日であり、血糖値は朝食後から昼食後にかけて200〜300mg/dLで推移し、夕食後から夜間深夜帯、朝食前にかけて血糖値が低下していた。グリメピリドは変更せずにメトホルミンを1500mg/日に増量した14日目には朝食後から夕食前の血糖値の低下が観察された。さらに2550mg/日に増量したところ朝食前血糖値も低下した。
SD、24時間血糖変動幅面積、MAGEはメトホルミンを750?→1500?と増加させるに伴い低下し、2250?ではさほど変化を認めなかった。メトホルミン増量に伴い血糖上昇が抑制される機序については明らかではないが、メトホルミンによる腸管からの糖吸収抑制作用や胆汁酸の再吸収阻害を介したGLP-1分泌促進作用が容量依存性である可能性も否定できない。
(糖尿病学の進歩 第45集 160-166 2011 診断と治療社)
DPP-4阻害薬
HbA1c 6.9%、BMI 29.9の2型糖尿病患者にテネリア3週間後に平均血糖は157.2→97.7、SD52.6→??、24時間血糖変動幅面積1009.4→96.6、MAGE 114.8→32.0に改善した。
(血糖変動図を探すことが出来なかったのでテネリアのインタビューホームから4週間後の血糖変化を提示します。)
https://www.medicallibrary-dsc.info/di/tenelia_tablets_20/pdf/if_tnl_1708_10.pdf
SGLT2
63歳男性、BMI 26.2、HbA1c 8.6%、尿Cペプチド113.6μg/日のメトホルミン投与中の患者でメトホルミン中止し、食事療法の診の状態でCGMをおこないイプラグリフロジン50?/日の単独投与13、14日目の血糖値の変化を示す。空腹時180mg/dL、朝食後血糖値400mg/dLに達していた値が空腹時、SD、血糖変動幅総面積、MAGEともに低下している。
(Diabetes frontier 26(3) 378-393 2015)
主に平均血糖値を低下させる薬剤と主に血糖変動幅を縮小させる薬剤に分け、個々の患者の血糖の変化を念頭に置き、薬剤を選択し、併用していくことが理にかなった組み合わせと言える。
(医薬ジャーナル 53(7)105‐115 2017)
その中でもSGLT2阻害薬を上乗せすると、血糖の変動幅を縮小することがより効果的であるといえる。
65歳女性、BMI 31.9、HbA1c 89.7%、尿Cペプチド38.3μg/日で、Glu:3-3-3-0、Gla:0-0-0-10単位にて十分な血糖コントロールできず、肥満もあるので、インスリンの増量を行わず、イプラグリフロジン50?/日の追加投与を開始した。朝食前200mg/dL、食後が300〜350 mg/dLの血糖値が、イプラグリフロジン追加投与により2夕看護には毎食前・後、深夜夜間帯の血糖値の低下が観察された。24時間平均血糖値は低下するも、SD、血糖変動幅総面積、MAGEの低下は認められなかった。本症例では、尿Cペプチドの排泄低下がすでにあり、イプラグリフロジン投与により糖毒性が改善されても、食後追加のインスリン分泌が改善しなかったため、血糖変動幅が縮小しなかったものと推察される。
(Diabetes frontier 26(3) 378-393 2015)
SGLT2阻害薬間の違いとして血中濃度半減期、SGLT2阻害の選択制、蛋白結合率が指摘されている。
血中半減期の短いトホブリフロジンは、健康成人男性に単回投与した際、尿糖排泄速度が投与16時間以降減少する成績があり、このため、夜間頻尿がきたしにくいとされている。
67歳男性、BMI 29.5、HbA1c 10.4%、尿Cペプチド117.3μg/日の患者で、入院後Glu:9-7-3-0、Gla:0-0-0-18単位投与で十分な血糖コントロールできず、ダパグリフロジン50?/日の追加投与を開始した。15日投与後にダパグリフロジン20?/日に変更し7日後の血糖値の変化を検討したが、有意な差はなかった。ヒトによるのかもしれないが、各薬剤間での夜間深夜帯の尿糖排泄の違いは明確なものではないと考えられる。
SGLT2阻害の選択制の視点から考えると、カナグリフロジンは他のSGLT2阻害薬よりもSGLT1阻害作用がある。SGLT1阻害作用がほとんどないダパグリフロジンとの比較試験では、カナグリフロジンはダパグリフロジンと比較して、食後15分、30分、45分の血糖値を低下させ、?血糖値0-120分を有意に低下させたが、同時間帯の尿糖排泄量に違いがなかった。このことより、この食後血糖上昇の抑制にカナグリフロジンによる小腸SGLT1阻害の関与の可能性が指摘されている。仮にカナグリフロジンの小腸のSGLT1阻害を介する腸管からの糖吸収抑制作用が臨床的に観察されるとすれば、それは本罪の薬物動態から小腸を通過する朝食直後においてのみであると考えられる。
ある例の血糖変化をここで診てみたい。
62歳男性、BMI 26.1、HbA1c 8.9%、尿Cペプチド83.4μg/日の患者で、食事療法のみにて各食前血糖値が安定した時点でカナグリフロジン100mg/日の単独投与を開始した。食事療法のみでは、朝食前165〜170 mg/dL、各食後血糖値は250 mg/dLを超えていた。カナグリフロジン投与に週間後の血糖変動は、各食前・後血糖値、は低下し、血糖変動の解析では平均血糖値の低下と血糖変動幅の減少が観察された。
夕食後1時間までン血糖上昇量が、開始前131 mg/dL、開始15日後123 mg/dLであったのに対し、朝食後1時間までの血糖上昇量は開始前95 mg/dL、開始15日後52 mg/dLであり、カナグリフロジン単独投与による糖食後の血糖上昇量は、夕食後の血糖上昇量と比較して明らかに軽度であった。糖毒性の解除により食後のインスリン内か分泌が改善し食後血糖上昇が抑えられた可能性のみではこの朝食後と夕食後の血糖上昇の抑えられている強さを説明できず、SGLT1阻害作用が関与している可能性が示唆されるデータと言える。
(Diabetes frontier 26(3) 378-393 2015)
低血糖を起こさずに食後高血糖を改善させて血糖変動幅を縮小させ、かつ平均血糖値を低下させるDPP-4阻害薬は、「良質なHbA1c」という視点からは治療的な薬剤であるが、海外で行われたCVアウトカムをprimary end pointとしたDPP-4阻害薬の大規模臨床試験であるEXAMINE、SAVOR-TIMI、TECOSのいずれもDPP-4阻害薬の優位性を証明できなかった。一方SGLT2阻害薬の大規模臨床試験であるEMPA-REG、CANVAS、LEADERでは、SGLT2阻害薬の優位性が証明された。
両薬剤とも薬理学的には非常に有用な薬剤であるにもかかわらず、差が出た原因は現時点では不明であるが、明らかな差は体重減少であり、体重減少がアウトカムへの寄与度が強い可能性も推察できる。SGLT2阻害薬での体重減少には薬剤間に差はないが、GLP-1受容体作動薬では、薬剤間による体重減少に差がみられる。今後の臨床研究の結果が待たれるところである。