2018年7月26日
演題「糖尿病とともに安全に生きる」
演者:慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科専任講師 目黒 周 先生
場所:崎陽軒本店
内容及び補足「
糖尿病患者の増加は、ここ数年で増加傾向が停滞してきたが、糖尿病患者及び糖尿病予備群は2016年の厚労省の推計でも1000万人ずついる。
http://www.dm-net.co.jp/calendar/2017/027369.php
糖尿病が強く疑われるものの割合を性別年代ごとに見てみると、男性においては50歳代から急増している。
糖尿病が強く疑われるものにおける治療の状況を見てみると受診率は徐々に増加してきている。
しかし問題なのは、40-49歳の働き盛りの男性の受診率が約半分しかないことである。
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000177189.html
糖尿病の治療内容の割合は、食事・運動療法のみの割合が17.1%、経口糖尿病薬のみが使われている人が59.4%、インスリンが投与されている人が21.6%である。
糖尿病患者の治療経過を見てみると、長期間の高血糖状態による代謝物質の築盛器で、最小血管障害や動脈硬化症が出現してくる。動脈硬化症は必ずしも糖尿病の重症度とは比例せず、境界型や軽度糖尿病からの発症も少なくない。
糖尿病発症から5〜10年は症状があまりなく、10〜15年で網膜症、腎症、神経障害等の合併症が出現し、さらに15〜30年の経過で視力障害、腎不全、手足の強いしびれ・痛み、立ちくらみなどが出現してくる。
合併症として、高血圧は50%、虚血性心疾患が16%、慢性腎臓病が40%程度である。
特定健診や会社健診などの啓もう・普及・活動、医師の努力、新しい治療薬の効果などにより、糖尿病性網膜症による失明は減少してきている。
しかし、長期にわたり安定した血糖のコントロールは困難である。
長期経過をみている患者さんを紹介したい。
37歳 空腹時血糖が163mg/dLで糖尿病の指摘があったが、本人の記憶にはなかった。
47歳 ヘルニアの手術を受ける際に、糖尿病と診断されSU剤の投与が開始された。
53歳 尿蛋白が指摘された。
54歳 網膜症も指摘された。
62歳 血清Cr 0.9
63歳 血清Cr 1.5
64歳 透析導入
と急激な悪化を伴った。eGFRでグラフ化をすると62歳時の血清Cr 0.9あたりから傾きが悪化しているが、eGFRを経時的に測定してみると変動が大きく、悪化し始めの変曲点がリアルタイムでは判断しづらい。
そこで2533人の平均9.1±2.9年経過観察した二型糖尿病患者のeGFRの変化を用いて予後を予測できないか検討した。
eGFRの変化は上下に結構変動するので、回帰曲線を用いて平滑化したeGFRを用いて、1年降下率を下図のように算出した。
ROCカーブを描いてみると、下のような結果となった。
The AUC of 1-year eGFR decline rate was 0.949 (95% CI: 0.932-0.966). The AUC of 2-year eGFR decline rate was 0.961 (95% CI: 0.947-0.975). The AUC of albuminuria in the initial 2-year observation period was 0.684 (95% CI: 0.620-0.748). The AUC of albuminuria in the last observation period was 0.706 (95% CI: 0.657-0.755). The AUC of mean eGFR in the initial 2-year observation period was 0.576 (95% CI: 0.500-0.652).
Examination of cut-off value for 1-year estimated glomerular filtration decline rate
Halves Non-halves
≧7.5% (N = 517) 84 433
<7.5% (N = 2016) 1 2015
Sensitivity 0.988
Specificity 0.823
Examination of cut-off value for 2-year estimated glomerular filtration decline rate
Halves Non-halves
≧15% (N = 342) 82 260
<15% (N = 2191) 3 2188
Sensitivity 0.965
Specificity 0.894
そこで対象者を、1年降下率が7.5以上と未満で2群に分けて検討した。7.5%以上であれば平均生存率は98ヶ月であり、7.5%未満であれば1例のみの死亡であった。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5743850/
2型糖尿病患者においては、微量アルブミン尿、顕性アルブミン尿と尿中のアルブミンの排泄量が増えると脳卒中、冠動脈疾患、全身血管イベントが増加する。eGFRが低下している群においてその危険度が大きくなる。
https://www.jsn.or.jp/guideline/pdf/CKDguide2012.pdf
従って予後判定に尿のアルブミン尿の状態をチェックしておくことが必要といえる。
しかし、糖尿病患者の合併症チェックの検査は、一般に医においては、HbA1cの検査は94%、腎機能の目安である血清クレアチニンの検査は84%の症例に対して行われているが、眼底検査は15%、尿アルブミン定量は19%にしか行われていない。糖尿病専門医においても、それぞれ33%、55%程度しか行われていないのが現状であり、問題である。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tonyobyo/57/10/57_774/_pdf
1990年から2010年までの間で米国における糖尿病合併症の変化を見てみると、心筋梗塞は67.8%減少、Hyperglycemic crisisは64.4%減少、脳卒中は52.7%、下肢などの切断は51.4%、末期腎不全は28.3%減少している。
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1310799
糖尿病のConventional therapyと比較すると、血圧や脂質代謝などをより良い状態に管理するIntensive therapyでは、糖尿病の合併症を半減することができる。
特に最小血管障害といわれる、網膜症、腎症、神経障害は60%程度も減少が可能である。
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa021778
2型糖尿病患者に合併した虚血性心疾患の治療で積極的な内科的治療とpercutaneous coronary intervention (PCI) 、coronary artery bypass grafting (CABG)を比較した試験がある。PCI治療では、有意な差を出すことはできなかった。
しかし、冠動脈バイパス術においては有意な差が出た。
今までの研究において、HbA1c 低下による心血管合併症発症予防効果は認められていなかった。
しかし、Empagliflozinの投与においては、心血管死が38%、全死亡が32%も減少した。
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejmoa1504720
2型糖尿病患者の腎機能悪化に対するEmpagliflozinの効果を検討した研究がある。
血清クレアチニン地の倍増するリスクを44%減少させ、腎臓代替え療法のリスクを55%減少させる効果がみられた。
その効果は10?と25mgに優位さはなかった。治療効果は2年後ぐらいから認められ、その差は大きくなっている。
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa1515920
薬剤の治療効果判定の一つで、一例の治療成功例を出すために何人に薬剤を投与する必要があるかを示すNNTは、スタチンで30例、ACEI(ラミプリル)で56、Empagliflozinで39とかなりの強さといえる。
SGLT2阻害薬の効果は、体重減少効果や、血糖低下作用、血圧低下作用、腎臓を含めた血行動態の変化、自律神経への影響など、現在色々なものが取りざたされている。
https://www.ahajournals.org/doi/pdf/10.1161/CIRCULATIONAHA.116.021887
糖尿病初期においては、糸球体でGFRが増加しており、近位尿細管においてSGLT2の発現が増加し、Na+/glucoseの再吸収は増加し、遠位尿細管へ移行するNa+が減少し、遠位尿細管の緻密斑(macula densa)が「Naclが減少し、GFRが低下している」と判断して、輸入細動脈を拡張させる。
SGLT2をブロックすることにより、ヘンレループ以降へのNa+/glucose輸送が増加し、緻密斑では、「NaClが増加し、GFRが増加した」と判断し、輸入細動脈拡張を解除し、糸球体内圧の低下を来して、腎保護に作用すると考えられている(tubular hypothesis)
TGF:tubuloglomerular feedback mechanism=GFRが低下すると輸入細動脈の抵抗を変化させGFRを維持しようとする機構
https://www.ahajournals.org/doi/pdf/10.1161/CIRCULATIONAHA.113.005081
このSGLT2の働きはATPを使って行われているので、SGLT2阻害薬の使用は、ここで使用されているATPの節約にもなる。
https://www.physiology.org/doi/pdf/10.1152/physiol.00026.2004
しかし、このTGFの理論だけでSGLT2阻害薬の効果を説明しきれない。E.Ferrannini(Diabetes Care39:1108-1114,2016)は高インスリン抵抗性状態においては、ブドウ糖が心臓や腎臓で十分に利用できず、エネルギー効率の悪い脂肪酸が使用されていると考えた。S. Mudaliar(Diabetes Care 39:1115-1122,2016)によると、酸素1分子からブドウ糖は2.58分子のATPを作るが、パルミチン酸の例では2.33分子しか産生できず炭素に単位からブドウ糖からは223.6kcal/molであるが、ケトン体は243.6kcal/molのエネルギーを産生できるとしている。つまり、SGLT2阻害薬を使うことにより、血中ケトン体が上昇し、エネルギー効率のより第三のエネルギー源として利用され、臓器保護につながるとしている。
糖尿病の病態はインスリンの欠乏によるところが主であり、生理的なインスリンの分泌を取り戻してあげることが目標となる。
http://care.diabetesjournals.org/content/41/Supplement_1/S73
一般的には低血糖を頻繁に起こすことなく、HbA1c 7.0%未満を、青壮年者はできるだけHbA1c 6.0%未満を目標とすべきである。高齢者の糖尿病では、年齢と罹病期間、合併症の状態を勘案し、血糖のコントロール目標を多少緩めることも必要であるが、なるべくHbA1c 8.0%未満を目標にする。
ACCORD研究やADVANCE研究において厳格治療群において死亡例が増加したことが報告され、心血管障害の既往を有する場合には、低血糖を避け徐々に血糖を低下させることが重要と考えられている。
file:///C:/Users/PCUser/Downloads/GL2013-02.pdf
しかし、糖尿病治療に関連した重症低血糖の調査委員会の報告を見てみると、1型糖尿病患者に多いことがわかる。
重症低血糖発症時の年齢は、1型では広く分布しているが、2型においては60歳前後から急激に増加しているのがわかる。
重症低血糖発生時点のHbA1cは全体で7.0%、1型7.5%、2型6.8%であった。しかし、HbA1c 値が10を超える症例にも見られているので、注意が必要である。
重症低血糖に影響した因子を担当医の判断でみてみると、食事内容やタイミングの不適合が40%と最も多く、次いで薬剤の加療若しくは誤投与が27%である。シックディが11%あり、事前に患者さんに対応の仕方を説明しておく必要がある。アルコールの他院や過剰な運動についても患者教育が大切であるといえる。
重症低血糖の原因薬剤としては、インスリンが60.8%と最多であり、次いでSU薬の33.1%を占めているが、それ以外はほとんど見られておらず、これらの薬剤は比較的安心して投与可能であるといえる。
インスリン群では50代後半から急増しているが、SU群では70歳代から急増している。
重症低血糖発症時のHbA1cはインスリン群で7.2%、SU群で6.4%と血糖コントロールが安定している状況下において多く見られており、特に高齢者においては、コントロール状況が安定してきた際には減薬も必要といえる。
SU剤による重症低血糖の発症は腎機能障害例に多い。その上、腎機能をeGFRで評価している場合には、体重低下を認めている高齢者においては、腎機能低下を軽く見積もる可能性があり、薬剤の変更も考慮する必要性がある。
http://www.fa.kyorin.co.jp/jds/uploads/60_826.pdf
しかし、SU薬中止により血糖コントロールが急性増悪する症例もいるのが事実である。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22621443
心血管合併症の予後の改善には、血糖値のコントロール以外にも、血圧や脂質代謝の管理も非常に重要である。
細血管障害、動脈硬化、認知症、癌などの合併症予防薬としては、メトホルミン、SGLT2阻害薬、GLP-1製剤が有効である。
治療のしやすさといった観点では、副作用が少なく、内服可能、投薬回数が少なく、中断しにくいといった薬剤としてはDPP-4阻害薬が有効であるといえる。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/internalmedicine/54/23/54_54.4144/_pdf/-char/en
DPP-4阻害薬であるSitagliptinを投与し3か月後と24ヶ月後を比較した。
治療開始後3か月の時点でHbA1c7%未満であれば、24か月後に7%未満である確率は66%、逆に3か月後に7%以上であれば、74%の症例が24ヶ月後も7%以上であった。
高血糖の暴露が予後に影響を与える可能性が高く、HbA1cと経過年数をかけたものをDifferential glycemic exposureとしてHazard ratioとの関係を見てみた。ACCORD、ADVANCE、ALECARDIO、BARI 2D、DIGAMI 2、ELIXA、EXAMINE、KUMAMOTO、LEADER、LOOK AHEAD、ORIGIN、PROACTIVE、RECORD、SAVOR、SUSTAIN、TECOS、UKPDS、VADT、DCCTなどのほとんど研究は三本の曲線の内側にあるが、EMPAREGだけこの集団から外れていた。SGLT2阻害薬のみ他の薬剤と違う効果があると思われる。
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/dom.13033
しかし、どんなに良い研究結果があっても、患者さんが治療を実践してくれないと意味がない。患者さんが実践しやすい治療を、飲みやすい薬を指導、処方していく必要がある。