2019年7月21日
演題「ガイドライン準拠 心不全診療の現状と将来」
演者: 九州大学大学院医学研究院 循環器内科学 筒井 裕之 先生
場所:ホテル横浜キャメロットジャパン
内容及び補足「
心不全を2017年に改訂版を出したガイドラインとしての定義として『なんらかの心臓機能障害、すなわち、心臓に器質的および/あるいは機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果、呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現し、それに伴い運動態様脳が低下する臨床症候群』とし、一般向けの解りやすい表現として『心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気です』とした。
心不全患者数は近年増え続けており、日本においても入院患者数は、急性心筋梗塞入院冠者数の二倍ほどにまでなってきている。2017年から2018年にかけての急性心不全入院患者数は13000人を超える増加となっている。
循環器疾患診療実態調査報告書 2018年度実施(The Japaneses Registry Of All Cardiac and Vascular Diseases)
性別年齢別でみてみると心不全患者は男性では70歳代、女性では80歳代にピークがあり、高齢になるに従い急増している。
80歳以上が28.6%を占めている。
心不全の治療については、心不全リスクの状態をステージA、B、症候性心不全をステージC、Dに分けて、治療目標を、ステージA:危険因子のコントロール、器質的心疾患の発症予防、ステージB:器質的心疾患の伸展予防、心不全の発症予防、ステージC:症状のコントロール、QOL改善、入院予防・死亡回避、緩和ケア、ステージD:再入院予防、終末期ケアとしている。
心不全の分類として、左室のEFで40%未満のHFrEF、50%以上のHFpEF、その間のHFmEFだけでなく、LVEFが改善したHFpEF improvedまたはHFrecEFに分けた。
それぞれの病態に応じて治療内容を分けて記載している。
収縮不全が主体のLVEF40%未満のHFrEFではACE阻害薬、ARBにβ遮断薬やMRA利尿薬を主体とした治療を行い、必要に応じてジギタリスや血管拡張薬、ICD/CRTを行い、運動療法も併用していく。
拡張不全が主体のEFが50%以上のHFpEFは現時点では有効な治療方法が確立されておらず、利尿薬を用いながら、併存症に対する治療を行っていくことになる。
LVEFが軽度低下している症例は収縮機能障害もある程度あるものの、臨床上はHFpEFに近い病態を示す症例も多く存在する。これらの症例の多くは、HFpEFとは異なり、収縮機能障害に対しては、HFrEF患者で確立されている治療法がある程度有効であり、LVEFが軽度低下した心不全HFmrEF、あるいはHFpEF borderlineと定義している所もあり、本ガイドラインにおいては、LVEFが40〜49%の群をHFmrEFと定義し、治療の選択は個々の病態に応じて判断することとしている。
心不全症状を呈した当初は、LVEFが低下していたものの、治療や時間経過とともにLVEFが改善する症例群(HFpEF improvedまたはHF with recovered EF:HFrecEF)もある。
頻脈性心房細動などによる頻脈誘発性心筋症や虚血性心疾患、β遮断薬で心機能が回復した拡張型心筋症などがこの症例群に該当するもとと考えられており、左室収縮能、拡張能や心胸比、BNPが正常化することもある。これらの症例の長期予後は、良好と考えられている。
これらの患者はHFrEF患者と比較して、1.症状が軽い、2.入院日数が少ない、3.年齢が若い、4.非虚血性である、5.併存症が少ないなどの特徴がある。
J Card Fail. 2011 Jul;17(7):527-32
心不全患者に心房細動を合併すると予後は悪くなる。
心不全患者で心房細動を合併した患者に、カテーテルアブレーションの治療をした179名と、薬物でレートとリズムコントロールをした184名で比較してみると、平均37.8か月後には、死亡や心不全の悪化による入院は51名(28.5%)と82名(44.6%)とHazard ratio 0.62と有意にカテーテルアブレーションの方がよかった。
死亡でも24名(13.4%)と46名(25.0%)とHazard ratio 0.53、心不全悪化入院でも
37(20.7%)と66名(35.9%)とHazard ratio 0.56、心血管死は20名(11.2%)と41名(22.3%)とHazard ratio 0.49と有意に改善していた。
つまり、アブレーションを心不全合併心房細動患者に行うと、薬物療法だけの時に比べ心不全悪化の入院を40%近く抑えられるといえる。
N Engl J Med 2018; 378 : 417 - 27
HFrEF心不全患者においてBisoprolol 5?/日の投与とCarbedilol 20?/日の投与比較においては、プライマリーエンドポイントであるTolerabilityは両群間で差はなかった。
安全性を見るセカンダリーエンドポイントでも、両群間で有意差は認めなかった。
細かく見てみると、LVEFは両群とも15%程度改善していた。差を認めたのは心拍数で、Bisoprololは約20拍/分低下したのに比べ、Carvedilolは約15拍/分の低下であった。
Circ J 2019 24 83 1269-1277
IvabradineはHCN(Hyperpolarization-activated cyclic nucleotide-gate)チャンネル阻害薬で心臓のペースメーカー電流である過分極活性化陽イオン電流(If)を抑制する新規作用機序の経口薬で、心臓の伝導性、収縮性、再分極および血圧に影響することなく心拍数のみを減少させる作用がある。
http://www.onlinejacc.org/content/70/14/1777
Systolic Heart failure treatment with the If inhibitor ivabradine (SHIFT)TrialでIvabradineが心不全患者に対して使用された。
LVEF≦35%の中等度から重度の慢性心不全患者(平均EF29%)で洞調律で心拍数が70/分以上で心不全のガイドラインに準拠した治療を受けている人が対象であった。
平均23か月追跡され、心拍数はプラセボ群に比較し、1年後で8bpm減少し、複合エンドポイントである心血管死と心不全悪化による入院は18%の改善があり、その内訳は、心不全入院抑制が26と有意であったが、心血管死の抑制は9%で有意ではなかった。
しかし、心不全による死亡は26%減少し、突然死の抑制効果がないことが、β遮断薬との大きな差異となっている可能性が視された。
Lancet 2010;376: 875-885
心臓再同期療法:左室収縮不全は、しばしば房室伝導障害や心室内伝導障害を合併する。伝導障害は左室拡大(左室リモデリング)をきたし、僧房弁閉鎖不全を助長し、生命予後を悪化させる。心室内伝導障害は、通常QRS幅の延長として認識され、慢性心不全症例の約1/3が120ms以上のQRS歯を示しており、その多くは左脚ブロックである。
1990年代に左室収縮のDyssynchronyを伴った心不全の治療として両室ペーシングが開始され、CRT(cardiac resynchronization therapy)心臓再同期療法と定義された。
両室ペーシングにより左室リモデリングと心機能は改善したが、1/3はnon-responderであった。
左室機能の改善機序としては、以下のように考えられている。
Circulation. 2002;105:438-445
HFrEF、HFpEF、HFrecEFの死亡や心不全による入院などの予後を見てみると、HFrEF、HFpEF、HFrecEFの順に有意な差を認めた。
JAMA Cardiol. 2016;1(5):510-518
174人のLVEF45%以上のβブロッカー投与している心不全患者を心エコーで経過を追っていくと、2年で98%、4年で94%、6年で90%と予後は良いが8年目には78%と低下してくる。
9.2年の経過観察で40人(23%)の死亡があり、5年で期待される予後の93%に、10年で85%に低下する。
Circulation: Heart Failure. 2014;7:434-439
3519人のEF<35%の3年間の予後は、397人(11.3%)の死亡があり、HFrEF(reduced ejection fraction:EF of <40%)の方がHFiEF(recovery or improvement in EF)よりも死亡率が高かった。
この研究では、12か月後にEFが<35%より>40%に改善したのは9%だけであった。
特徴は、若い、冠動脈病変が少ない、腎機能が良い、バイオマーカーやneurohormonal profileが良い、βブロッカー使用者であった。
Circ Heart Fail. 2016 Jul;9(7). pii: e003123
25人は治療薬剤を減らしていき、26人はそのまま治療薬を継続して、その予後を検討した。治療を中断した群では45-7%にイベントが起こった。
LVEFの有意な低下、LVEDVi、NT-pro-BNNP、心拍数、収縮期血圧、拡張期血圧の有意な上昇が治療中止群でみられた。
Lancet Published : November 11, 2018 DOI:https://doi.org/10.1016/S0140-6736(18)32484-X
治療
EFrEFに対する治療
ESC(European Society of Cardiology)ガイドライン(2016)では、薬剤を以下のように5種類に区分している。
急性・慢性心不全診療ガイドライン 2017年改訂版では以下のように推奨されている。
HEpEFに対する治療
HFpEFの病態は多様であり、血管心疾患(心房細動、高血圧、冠動脈疾患、肺動脈疾患など)や非心血管疾患(糖尿病、CKD、貧血、鉄欠乏、COPD、肥満など)の併存症を有している。HFpEF患者の入院や死亡の多くは非心血管疾患によるものであり、併存疾患のスクリーニングを行う必要がある。様々な併存症の為か、HFrEFのように治療法が確立されておらず、個々の薬剤の治療効果のエビデンスは一貫していないので、併存症に対する介入・治療が重要となってくる。
新規薬物治療
1. Ivabradine(Ifチャンネル阻害薬)
Ivabradineは洞結節細胞のIfチャンネルを阻害することにより、心拍数を低下させる薬剤。洞調律の患者が治療対象。欧州における適応はLVEFが35%以下の有症候性のHFrEF感が出、最大容量は患者が許容できる最大量のβ遮断薬を用い、さらにACEI(またはARB)、MRAなどの適切な薬物治療を行っても安静時心拍数が洞調律で70/分未満にならない患者とされている。
https://www.shift-study.com/ivrabradine/mode-of-action/
6558人の心不全患者に対して3268人にIvabradineが投与され、3290人のプラセボと比較された。平均22.9ヶ月の経過で、Ivabradine投与群では793人(24%)、プラセボ群で937人(29%)に心血管死、または心不全増悪による入院がみられHR 0.82で有意な効果がみらえた。その主な効果は心不全増悪による入院の抑制でHR 0.74であった。
Lancet 376 : 875―885, 2010
2. ARNI:sacubitril/valsartan サクビトリル・バルサルタン
1分子中にARBのバルサルタンとネプリライシシン阻害薬のプロドラックであるsacubitrilを1:1で結合含有させた化合物。Sacubitrilは吸収後3〜4時間で活性態に変換され、ネプリライシン阻害作用を発揮する。ネプリライシンは体内に広く分布する膜結合型エンドペプチダーゼで、主たる作用は利尿ペプチドの分解であり、この酵素の阻害により、内因性利尿ペプチドが増加する。そのほかに、ブラジキニン、アドレノメデュリン、サブスタンスP、エンドセリン、アンジオテンシン2の分解にも関与している。サクビトリル/バルサルタンは1分子中にARBであるバルサルタンとネプリライシン阻害薬のプロドラックであるサクビトリルを1:1で結合含有させた化合物である。吸収後3〜4時間で活性体に変換され、ネプリライシン阻害作用を発揮する。主として内因性利尿ペプチドの分解を阻害し、ACEやaminopeptidasePは阻害しない。したがってブラ時期人の分解が弱く、血管浮腫が少ないと期待される。
NYHA2度以上、LVEF40%以下の慢性心不全患者を対象としたPARADIGM-HFでは、1次エンドポイントの心血管死又は心不全による入院はエナラプリルよりも有意に少なかった。心血管死、心不全による入院も有意に少なく、症候性低血圧や重症ではない血管浮腫の発生率も数無かった。
N Engl J Med 371 : 993― 1004, 2014
3. SGLT2阻害薬:尿中へのグルコース排泄を増加させ、血糖を低下させると同時に利尿作用を有するが、ループ利尿剤やサイアザイド系利尿薬と異なり、脂質・尿酸等の代謝改善作用を有し、電解質に影響を及ぼさないという利点を有している。2型糖尿病患者を対象としたEMPA-REG OUTCOME試験とCANVAS試験において、いずれも主要評価項目である、心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中からなる複合心血管イベントを減少させ、3か月後の心不全による入院の減少効果も大きかった。その効果はHbA1c 低下は0.4〜0.6%であり、糖代謝や脂質代謝、体重の減少効果とは考えにくく、SGLT2阻害薬による利尿効果が心不全の増悪、心血管死の減少に寄与したと考えられた。EMPA-REG OUTCOME試験のサブ解析では、心不全既往のない患者群では心不全入院の減少は41%であるのに対し、心不全既往の有る群では25%であり、心不全の予防効果も期待され、現在以下の臨床試験が行われている。
僧房弁閉鎖不全:MR
器質的(一次性)MR
僧房弁の検索が何らかの原因で切れたり延長することで、弁尖の接合不全が起きて血液の逆流が生じる病態
僧房弁逸脱症候群(MVP)、変性、リウマチ熱、感染性心内膜炎、僧房弁輪石灰化、腱索断裂、外傷などがある。
機能性(二次性)MR
なんらかの原因によって心臓が拡大し、そのため僧房弁の便輪が大きくなったり弁尖が下方に引っ張られることで接合不全が起きて血液の逆流が生じる病態
心不全による便輪の拡大、虚血、心筋症、乳頭筋不全、心房細動などがある。
機能性MRは心不全患者によく見られ、虚血性、拡張型心筋症の非虚血性のFMRを総死亡、心不全増悪による入院で検討してみた。大静脈(vena contracta)、Effective regurgitant orifice (ERO)、regurgitant volume(RV)の計測値で評価できる。重症MRをERO>0.2cm2、RV>30ml、VC>0.4?で予後不良であった。
Heart 2011;97:1675-1680.
MRを有する心不全患者においては、ACE-Iでは予後は改善しなかった。
Am Heart J. 2005 Nov;150(5):1106.
Carbefilol投与で4ヶ月後にはLV mass、MRは改善し、12か月は継続した。
Am J Cardiol 1999 83 1201-1205
HFrEFでFMRがあると予後が悪くなる。163人のHFrEFでFMRのある患者を平均50か月経過を見た。MRのGrade 3-4をsevere MRと定義した。50名(31%)がSevere MRであり、38%がsevere MRから改善し、一方Non-severe MRの18%の症例が最適な心不全の治療を行うもsevere MRに進行した。
Severe MRからNon-severe MRに改善した群ではMACE Eventは38%であったのに対し、Severe MRのままであった群では62%に達した。
予後を規定している因子で一番強かったのはSevere MRが継続していることでORは2.5であった。
HFrEFの1/3にSevere MRが存在し、40%の症例で治療によりNon-severe MRに改善することができる。
JACC: HEART FAILURE 2017:652-9
経皮的僧房弁接合不全修復システム(MitraClip)
器質的あるいは二次性僧房弁閉鎖不全を有する心不全患者のなかで、僧房弁閉鎖不全に対する治療介入が自覚症状の軽減、QOL改善をもたらすと期待されるものの手術リスクが高い患者において、経皮的僧房弁形成術が有効である。我が国でも、経カテーテル的に心房中隔を経由して、僧房弁にデバイスを勧め、僧房弁前尖と後尖をクリッピングするMitraClipが使用可能となった。施術早期の離床が可能であり、施術後30日時点での患者の自覚症状の改善度は開心術に比べ優れているが、長期効果や臨床イベントのデータはない。
http://sk-kumamoto.jp/shi/mr_clip/assets/image/common/flow_step_pict4.jpg
Mitral Clip治療手技の動画:済生会熊本病院
http://www.shin-tokyohospital.or.jp/mitraclip/html/index.html
急性・慢性心不全診療ガイドライン 2017年改訂版