2019年6月2日
演題「復職に向けて リハビリテーション医学の立場から」
演者: 慈恵会医科大学 リハビリテーション医学講座 佐々木 信幸 先生
場所:品川区立総合区民会館 きゅりあん
内容及び補足「
復職に当たり考えるべきこととして以下のものが挙げられる。
1. 移動能力や作業能力はどの程度か
痙縮治療
装具療法
2. 会話や適切な記憶・判断はできるのか
アパシー
失語症
記憶障害
前頭葉機能障害
まず、『
痙縮治療』について述べる。
痙縮:筋肉が緊張しすぎて、手足が動かしにくかったり、勝手に動いてしまう状態。
思い通りに動かせない随意性低下と筋緊張の亢進(痙縮)の状態である。
運動には以下のように9段階の階層があると考えられている。
伸張反射: stretch reflex 骨格筋を急に引き延ばした際に神経を介した縮みかえす反射
筋線維の隙間にある筋紡錘muscle spindleと呼ばれる数mmの長さの装置が筋線維の走行に沿っていくつも埋まっている。両端が隣接する筋線維細胞の鞘(さや)に連結している真ん中が膨らんだ紡錘形をしている。
筋紡錘は、周りの筋線維よりも細い数本の錘内筋線維とその外側にある錘外筋線維からなり、錘内筋線維の中央部部分は筋としての性質はなく、弾力性により一定の長さを保っている特殊な構造があり赤道部Equatorial regionと呼ばれる。筋紡錘が引き伸ばされたときに実際に伸びる部分でもあり、この部分につながっている求心性神経線維(1a群求心線維と2群求心線維)に興奮信号が発生する。
筋肉が何らかの原因で両端方向に引っ張られると、錘外筋が引き伸ばされると赤道部分がのばされる。赤道部から興奮信号が求心性神経を伝わり脊髄に入り、遠心性ニューロンefferent neuronであるAα運動ニューロンalpha motorneuronに興奮信号を伝え、その支配下の錘外筋線維が神経筋接合部neuromuscular junctionを経て、一斉に収縮する。
この反射にかかわる求心性線維も遠心性線維も、最も太い有髄神経線維であるので、それなりに時間がかかる(潜時:latency)反射である。
随意運動で、脳からの指令のままに筋肉が伸びている間は、赤道部の長さは一定で、むやみに引き延ばされないように調節されている。筋が縮む場合も筋内線維がたるまないように刻々調節されている。
筋を短縮させて関節を動かしている時、筋紡錘は脳の指令に従って常に筋の長さ変化を監視している。力を入れて何かを持ち上げようとした時、予想尾通りの重さだった場合には、筋紡錘は特段働きはしない。しかし、予想とは異なり重い場合には、脳が想定したほど筋肉は縮まない。一方で別の神経の指令を受けている筋紡錘だけはあらかじめ計算された長さに縮んでいる最中である。筋紡錘は縮もうとしているのに睡外筋はそれほど縮まないため、睡内筋線維の赤道部が引き伸ばされ、強い興奮信号が出て、その筋をもう少し強く収縮させることになる。
https://gozasso.com/kikkenlab/044-stretch-reflex/
筋の伸張は2種類の求心性線維に脊髄に伝えられ、脊髄では、それらの求心性線維がα運動細胞と興奮性に結合して筋が収縮する。求心性線維は1a群線維と2群線維があり、筋の伸張のされ方により発射様式が異なる。
1a群線維は主に伸張速度に比例し、2群線維は筋の長さに比例して発射する。伸張反射の制御には、筋紡錘の紡錘内筋線維の支配を行うγ運動ニューロンが大きな役割をしている。γ運動ニューロンは、錘内筋線維の両端にシナプス結合し、錘内筋線維に対し遠心性の支配を行っている。γ運動ニューロンには、動的応答に対するγ運動ニューロンと静的応答に対するγ運動ニューロンがあり、筋の伸張速度・筋の長さの変化に応答し、筋紡錘の感受性を制御し、α運動ニューロンとともに運動の調節を行っている。
筋紡錘は、錘内筋線維が遠心性の支配を受けることにより、筋紡錘自身の感度を中枢性に変化させることができる。逆に、錘内筋線維の適度な収縮(予備緊張:pretensioning)が、筋紡錘内の伸展受容器の閾値(筋紡錘の感度)を任意に変えることができ、睡外筋線維の筋緊張(姿勢・運動時)をコントロールしている。
姿勢反射:姿勢調節は主に脳幹にある姿勢反射中枢で行われ、脊髄反射も姿勢維持に働いていて、小脳・大脳ともに姿勢制御に関与している。姿勢調節には、フィードバック式の調節およびフィードフォワード式の調節がある。
フィードフォワード式調節は、これから行う運動に伴う外乱を事前に予測し補正する機構で、大脳皮質運動野から脊髄へ下降する皮質脊髄路が脳幹網様体で軸索側枝を投射し、網様体脊髄路細胞を活性化する経路が考えられている。事前予測時の「姿勢の構え」が筋緊張の調節に関与している。
筋緊張の検査は、受動的な筋の伸張を中心に、視診・触診・動作による観察で行われている。客観的評価方法として、痙縮の評価においてはModified Ashworth Scale、Fugl-Meyer評価法などがある。
筋緊張異常の要因には、一次的障害(神経原性因子)と二次的障害(非神経原性因子)があり、脳血管障害においては、いくつかの問題が組み合わさっていることが多い。
筋緊張異常の検査方法
第1:静止時筋緊張検査
第2:他動運動での筋緊張検査
第3:動作時筋緊張検査
第4:深部腱反射による検査
が行われるが、第1と第2の検査は、一次的障害と二次的障害の両者が含まれており、第3と第4の検査はより一次的である弛緩・痙縮・筋固縮の影響を反映している。
上位運動ニューロン障害に対する治療法:
フェノールやアルコールの局所注射によるモーターポイントブロックや抗痙攣薬、化学的脱神経剤としてのボツリヌスとキリンの局所注射、外科的治療、リハビリテーションなどがある。
脳血管障害片麻痺の筋緊張コントロール
1. 姿勢と運動の調節(自動的調節)
我々が姿勢保持や運動を行う際、大脳皮質をはじめとする行為中枢がその発現と調節を行っているが、姿勢・動作・その他生態に起こる身体の調節系(呼吸・心臓血管系・嚥下・咳など)は、自動性の性格が強い運動(特別に意識しなくて行われる運動)が多い。そのような運動は、脊髄や脳幹の反射中枢を介しての反射によりまかなわれ(パターンジェネレーター)、それをより高位中枢が制御している。脳は運動の制御に対し階層性を形成しており、より自動性の性格の強い定型的な運動パターンは、階層性の最下層をなす。脳血管障害の場合、適切な感覚入力が低下し、このパターン化された機能を制御することが困難になる。その原因の一つに筋緊張のコントロール低下がある。
2. 臨床面からみた筋緊張の分類
筋緊張は、脳障害そのものによる神経原性因子とそれ以外の非神経原性因子に分類される。
a) 筋・皮膚などの軟部組織のバイオメカニカルな変化(連合反応や代償活動により筋が常に同じ収縮や刺激を受ける場合や、低緊張や弛緩のように筋線維に変化が起こりにくい状況下では、筋節の増大および減少、コラーゲンの増大といった筋線維にバイオメカニカルな変化)が生じ、大きな問題となる。さらにそれらが、b)代償・誤動作、c)環境との問題により症状を複雑かつ難解化させることが多い。
3. 治療の階層性
脳血管障害の急性期は、筋が比較的弛緩している状態が多く、肩甲帯及び骨盤帯の後退が起こりやすい。それ以降、痙性期に向かうつれ痙縮筋の出現により上肢は屈筋群、下肢は心筋群の筋緊張が亢進する場合が多く認められる。正しいポジショニング、適切な介護・介助、適切な移動動作の学習がなされていないと、非麻痺側上下肢および体幹筋群の過剰な代償を導き、結果的に連合反応の支配下に陥る場合が少なくない。この状態を長く経過すると、筋や皮膚のバイオメカニカルな変化が生じ、短縮・拘縮などが出現し、痙縮の状態に拍車をかけることになる。
この状態になると移動は多大な代償を必要とし、ウエルニッケマン肢位や外分廻し歩行のような片麻痺症状特有の姿勢を導く。経過が長くなるほどこのような姿勢・動作が習慣化され、ADL能力を低下させる。したがって、肩甲帯・骨盤帯の後退防止、四肢・体幹の関節可動域の維持、過剰代償動作の抑制が筋緊張のコントロールには大変重要である。非神経原性因子を作り出さないことが筋緊張のコントロールの基本的に重要であり、脳の回復に伴い感覚系に対しより適切な入力を行いながら、筋弛緩に対しては促通を、痙性筋に対しては抑制を、患者自らがコントロールできるように導くことが重要である。
4. 筋緊張のコントロール
1) 相反抑制・相反神経支配と連合反応
相反抑制とは、求心性線維である1a群線維が、拮抗筋の1a群線維のシナプスにシナプス前抑制として結合し、拮抗筋の脊髄神経機構を抑制させること。また、相反神経支配とは、健全な生体において、相反抑制をより高位中枢機能の働きにより調節し、協調的な運動を行うのに働く機構である。四肢・体幹の様々な部位(主動作筋・拮抗筋・共同筋群)にこの相反神経支配が働くことで、姿勢の保持・協調的(段階的)動作・平衡の維持などに関与している。
一方、連合反応は、ある筋に強い収縮を出現させたとき、他の筋に筋収縮を誘発させる現象である。脳血管障害片麻痺患者にみられることが多く、非麻痺側上下肢や上部体幹・腰背部筋群などの過剰な代償活動で、麻痺側上下肢に無意識的に筋収縮が誘発する現象(強い手指の屈曲や足部の内反など)はよくみられる。痙縮筋に顕著に出現する。患者の過度の努力や異常な精神状態において痙縮をより亢進させ、動作の遂行を妨げる反応となる。この反応は、正常な相反神経支配機構が、高位中枢の制御が不十分なことにより起こると考えられる。治療としては、適切は環境設定(治療場面・生活場面)を準備することが必要である。
2) 神経原性因子に対するコントロール
痙縮等、筋緊張の亢進している場合は抑制(減弱)、弛緩している場合は促通、そして失調やバランス障害に対しては協調的(段階的)収縮の獲得が基本である。
動作能力の追及を主体に行うと、過剰な代償活動を導き、連合反応の出現などにより正常な相反神経支配を構成できず、協調的(段階的)動作(リズミカルな動作)は困難になる。また、他動的手技(ストレッチ・モビライゼーション等)による効果は静的場面の状況に過ぎず、動的場面のコントロールは随意的(自動的)動作の中で行うことが必要である。過剰な代償動作を抑制し、症状に応じて随意的(自動的)動作の中で感覚入力を行いながら治療を行う必要がある。
3) 非神経原性因子に対するコントロール
a) 筋や皮膚などの軟部組織の問題に対しては、柔軟な組織になるように治療することが重要
b) 環境には、治療場面の設定・治療の選択・治療手技等、治療に関するものと、患者本人の状態・個人的情報(性別・性格などに起因する)などに関係するものがある。
c) 正常動作を学習するとき、脳の回復状況により代償動作は必要である。適切な代償動作を学習させることが重要である。絶えず適切に評価し、誤動作を指導・治療しないように気をつけることが重要である。
4) 筋緊張のコントロールに必要な基本的な動作と介助
a) ポジショニング:急性期弛緩期から常に治療場面や患者の生活場面において、適切なポジションの設定は重要。適切な肢位や姿勢がセットされていないと、正常な相反神経支配機構の崩壊による神経機能回復の低下、非神経原性因子の構成の危険がある。注意点としては、頭頚部伸展、肩甲帯の後退や上肢の下垂、肘関節の屈曲と前腕の回内、手関節・手指関節の屈曲、骨盤帯の後退、股関節の外旋、足関節底屈、足部内反がある。
b) 基本動作:非麻痺側優位の動作による麻痺側の後退と過剰代償動作の予防が必要。常に麻痺側を無視しない動作(麻痺側上下肢の動作への参加)と動作時の頭頚部の動きに注意が必要。頭頚部の動きは、体幹筋の活動に影響を及ぼすため、正常動作を充分に理解したうえで、急性期から適切に介助や治療を行うことが重要。
c) セラピストの技術
操作(タッチ)の方法:不快感(痛み・違和感など)を与えないこと
他動的治療(操作):非神経原性因子を除き、神経原性因子に対しては他動的に誘導しすぎない。患者の随意的(自動的)動作の中でコントロールさせることが重要。
コマンド(指示・命令):過剰な声掛けは患者を混乱させる。声のトーン・大きさ・声掛けの方法(叱る・幼稚な声掛けなど)なども精神面(環境要素)に影響を及ぼすので注意が必要
介助:介助量は過大すぎると十分な筋活動が発揮できなくなる。恐怖感を与えない適切な位置での介助が必要。適切なファシリテーションテクニックやそのハンドリングはより正しい反応を出現させ、筋緊張をより適切にコントロールさせることができる。
相反神経支配の観点から筋緊張のバランスのとり方
1 同側(麻痺側)
a) 麻痺側の肩甲帯の後退:僧帽筋上・中部線維、大胸筋、肩甲下筋等の筋緊張亢進
?
麻痺側の三角筋、小円筋、棘下筋(肩関節屈曲・外転等)、前鋸筋、広背筋、上腕三頭筋、大小菱形筋(肩甲骨上方回旋・外転・下制・内転)等の筋緊張低下
b)腹筋群(腹斜筋・腹横筋)、抗重力伸筋(下肢)の筋緊張低下
?
腰背部筋群。腰方形筋(骨盤拳上筋)の過剰代償
2 対側(麻痺側と非麻痺側との関係)
a) 麻痺側腹筋群の筋緊張低下
?
非麻痺側脊柱起立・筋非麻痺側肩甲帯・肩関節周囲筋(肩の拳上)・頚筋群の過剰代償
b) 麻痺側上肢帯の後退(上記痙性筋と低緊張筋)
?
非麻痺側上肢帯の屈曲・上方回旋筋および頚筋群による過剰代償
c) 麻痺側腹筋群の筋緊張低下(骨盤後退)
?
非麻痺側腰背部筋・股関節屈筋群・骨盤拳上筋・腹筋群の過剰代償(骨盤前方位)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkpt/3/0/3_0_21/_pdf
大脳から運動をする指令が出た際に、筋が受動的に引き延ばされると、筋紡錘が活動し、求心性の1a感覚ニューロンから脊髄の反射中枢へ情報が伝達され、脊髄から遠心性のα運動ニューロンへ情報が伝達され、筋肉を収縮させる。伸張反射と同時に拮抗筋へ向かうα運動ニューロンの活動を抑制し、拮抗筋の収縮を起こりにくくして伸張反射を助ける。
https://www.study-channel.com/2015/07/stretch-reflex.html
通常脊髄の反射回路の興奮性は、上位運動ニューロンにより、促進と抑制のバランスが保たれるように制御されているので、腱反射が消失したり、過度に亢進することはない。
通常脊髄の反射回路は、促通性と抑制性の上位運動ニューロンにより制御されているが、脳卒中などの病変が生じると、上位運動入論の促通と抑制のバランスが崩れ、痙縮が発症する。
上位運動ニューロンとは、脊髄を制御する下行性経路(Desending pathway)をいい、視蓋脊髄路Tectospinal tract、赤核脊髄路Rubrospinal tract、皮質脊髄路Corticospinal tract(CST)、脊髄網様体路Reticulospinal tract(RST)と前庭脊髄路Vestibular spinal tract(VST)がある。
視蓋脊髄路:中脳の上丘に起源があり、主に眼球運動の方向づけに関与。
赤核脊髄路:中脳の赤核に起源があり、四肢の遠位筋に関与する。人ではほとんど使用されていないが、脳卒中後の機能回復に寄与していることが示され、最近話題になっている。
皮質脊髄路:運動野を起源とし、放線冠、内包後脚、大脳脚、橋、延髄の錘体路を通る経路。錐体で対側へ交差し、外側皮質脊髄路として脊髄の側索を下行する。
1968年LawrenceとKuypersはサルの皮質脊髄路を切断し、健常児と同じように、立つ、座る、歩くという動作は可能であったが、目的物に手を伸ばして握ることが出来ず、指を個別に動かすことが困難となることを示した。末梢の巧緻性に関与しており、立つ、歩くという行動には関与していないこをと示した(Brain. 1968 Mar;91(1):15-36)。その後、皮質脊髄路は、主に末梢の運動の分離に寄与すること、外側皮質脊髄路は望まない菌の収縮が行われないように抑制性のニューロンを興奮させることにより運動を分離させている。
ヒトのラクナ梗塞のケーススタディより筋の弱化は認めたが痙縮は認められなかった。(J Neurol Sci. 2000 Apr 15;175(2):145-55)
脊髄網様体路:延髄の網様体に起源をもち、延髄網様体は背側網様体脊髄路を介して四肢の筋緊張を制御する役割を担っており、その機能は大脳皮質からの皮質網様体路によって制御されている。
LawrenceとKuypersはサルの皮質網様体路を損傷させ、その結果、体幹や近位筋の制御が困難になり、歩くことや立つことができなくなり、筋緊張の亢進が認められた。
ヒトにおいても病態モデルから下行性経路の役割を調査した結果、運動前野や皮質網様体路の損傷により痙縮が生じることが示されている(Brain. 1993 Apr;116 ( Pt 2):369-82)。
運動前野や非汁網様体路が損傷されると、延髄網様体の抑制機能が働かなくなり、背側網様体脊髄路を通じて脊髄の反射回路の興奮性を抑制することができなくなり、脱抑制となった脊髄の反射回路の興奮性は高まり、筋緊張の亢進が生ずる。
前庭脊髄路:橋から延髄にある外側前庭核を起源とし、前庭器官からの重力情報に反応して、頚部、体幹、下肢の筋緊張に関与している。
前庭脊髄路の脊髄の反射回路への関与は、前庭電気刺激(Galvanic Vestibular Stimulation:GVS)を用いた研究により解明された。
GSVは、微弱な電気刺激により非侵襲的に前庭脊髄路を促通したり、抑制することができる。
GVSにより前庭脊髄路を興奮させるとヒラメ筋のH波の振幅は増大するが、抑制では、H波の振幅は変わらない。
前庭脊髄路は足関節底屈筋の反射回路の興奮性を促通させる機能がある。
重力方向の変化を前庭器官が感知すると、前庭脊髄路は興奮し、脊髄の反射回路の興奮性を促通する。わずかな頭部の変位に応じて、前庭脊髄路が重心を規定面内に維持させる様に抗重力筋の興奮を促通してくれているから安定した立位を保つことができる。
ヒトは急に大きな音を聞いて驚くと背筋がピンと伸びて、下肢の抗重力筋の筋緊張が反射的に亢進する。このような反応は、驚愕反射といわれ、音による巨額反射を聴覚性驚愕反射:Audiogenic Startle Reflex (ASR)と言う。
また、網様体脊髄路のもう一つの下行路である内側網様体脊髄路は、橋の網様体に起源をもち、体幹や近位筋の緊張の制御に関与している。
錘体路を損傷した急性期の脳卒中患者を対象にASRによる反応も見てみると、弛緩性麻痺にもかかわらず筋緊張の亢進を認め(Neurology. 1997 Aug;49(2):470-3)、さらに痙縮のある脳卒中患者では、ASRによる過度の筋緊張亢進がみられている(Neurology. 2004 Jan 13;62(1):114-6)。
筋緊張を反映する脊髄の反射回路の興奮性は、橋・延髄の外側前庭核に起源をもつ前庭脊髄路と、橋の網様体に起源をもつ内側網様体脊髄路の2つの下行路による促通機能と、延髄の網様体に起源をもつ外側網様体脊髄路による抑制機能によってバランスが保たれている。前庭脊髄路、内側網様体脊髄路ともに大脳皮質の関与は受けておらず、大脳皮質の関与を受けているのは、皮質網様体路を介して制御されている脊髄の反射回路を抑制する外側網様体脊髄路のみである。
除脳硬直を発症させるのは、橋・延髄より上の中脳レベルでの大きな損傷であり、皮質網様体路のみが損傷され、大脳皮質と連結のない前庭脊髄路や内側網様体路は影響を受けず、結果として皮質網様体路の損傷による延髄網様体機能不全により脊髄の反射回路は脱抑制となっている状態となる。さらに、大脳皮質から影響を受けない前庭脊髄路と内側網様体脊髄路は、脊髄の反射回路の校風性を促通し続けるため、除脳硬直の特異的な状態である過剰な体幹進展や下肢の伸展パターンが形成される。
参:H反射(脊髄の興奮性を表す指標)
脊髄の興奮性は脳から抑制が働いているが、脳卒中などにより錘体路や錐体外路酒害があると、脳からの抑制が弱まるため、脊髄の興奮性が高まる。そのため、腱を叩くと筋の収縮が過度に生じ、筋収縮や関節運動の変化から腱反射の亢進状態が分かる。
Paul Hoffmannは打腱器の代わりに電気刺激を用い、筋収縮や関節運動の評価を筋電図により評価した。筋に電気刺激を与えると、太く興奮しやすい感覚神経である1a線維が刺激され、刺激は上行し脊髄内に届く。電気刺激は、脊髄内でシナプスを介してα運動ニューロンに伝わり、α運動線維を下行して筋に到達し、筋収縮が生じる。この筋収縮を筋電図波形(H)として評価する。
H波の振幅や潜時の増減により脊髄の興奮性の変化を示すことができる。
筋電図を用いることにより、腱反射よりも詳細に客観的に評価でき、運動時にも測定できるのでリハビリテーション医療に大いに役立っている。
立位姿勢を維持する際に、僅かであるが前後に体が揺れて(Ankle Strategy)いて、その為の筋肉の動きを制御しているのは、測定感覚からの情報を、H反射を介して、重心(COM)の揺れを足圧中心(COP)を移動させて姿勢を維持している。COMとCOPは同じ奇跡を示している。
立位時のCOPの前後の変位、ヒラメ筋の筋電図所見、H反射を同時に測定してみると下図のようになり、COPが前方変位した際、ヒラメ筋の筋活動の増加とH反射の振幅の増加がみられる。
立位時のCOPの前方変位の際に、測定感覚の入力部位が前方へ移動し、その入力が脊髄の興奮性を高めた結果、H反射が増大し、ヒラメ筋の筋活動による制御が働いたと推測される。
https://www.rehabilimemo.com/entry/2016/09/18/124502
https://www.rehabilimemo.com/entry/2016/10/04/163409
https://www.rehabilimemo.com/entry/2016/09/29/150855
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnhum.2015.00192/full
Burnnstrom Recovery Stage:スウェーデンのSigne Brunnstromにより考案された評価法。
脳卒中の運動麻痺の回復過程を順序により判断するために考案された尺度。
Stage 1:弛緩性麻痺(完全麻痺) 筋肉がだらっと緩んでしまっている状態で、自分では全く動かせず、脳卒中発症早期に見られる。
Stage 2:連合反応の出現 連合反応が誘発され、体の一部を強く働かせると、他の麻痺した部位まで筋収縮や運動がおこる。例として、「あくび」や「くしゃみ」をした途端、上肢では腕や指が曲がり、下肢では足がピクンと真っ直ぐに伸びる。
Stage 3:共同運動パターンの出現 共動運動では、個々の筋肉だけを動かそうとしても、付随する他の筋肉まで一緒になって動いてしまう(一定の運動パターン以外の運動ができない)。共同運動には、屈筋共同運動(足や手が全体的に屈曲方向に曲がってしまう)と伸筋共同運動(足や手が全体的に伸びてしまう)の2種類の運動パターンがある。
Stage 4:分離運動の出現 共同運動のように全体的に動いてしまうのに対して、それぞれの関節が少し分離して動くようになる。
Stage 5:分離運動の進行 共同運動・痙性の出現が弱くなり、より多くの(分離)運動が可能になる。
Stage 6:さらに分離が進み正常に近づく 共同運動・痙性の影響がほとんどなくなり、運動の協調性や速度も正常に近づき、個々の関節がかなり自由になるが少しぎこちない状態。
ゴルジ腱器官の反射:
筋腱に持続的な伸張が加わるとその筋の収縮を抑制する反射:1b抑制、自原反射ともいう。
健が伸張されると筋腱移行部にある受容器(ゴルジ腱器官)が活動して、求心性の1b感覚ニューロン、脊髄の抑制性介在ニューロンの順に興奮が伝わる。次に抑制性介在ニューロンが遠心性のα運動ニューロンを抑制し、その筋の活動を妨げる。その一方で拮抗筋には運動ニューロンを興奮させるような反射が起こり、筋活動が促通される。
筋伸張に対し、筋紡錘は収縮指令をだし、関節の破壊を防ごうとするが、もっと強い筋伸張に対し、ゴルジ腱器官は弛緩指令を出して禁断列を防ぐ。
麻痺があると、筋肉が短縮され、1a発火閾値が低下し、1b発火閾値が上昇し、伸張反射が増強され、不使用増悪をきたすことになる。
痙縮に対する治療は不可逆性が可逆性、全身性か限局性の二つの軸で考えることができる。
Eur J Neurol 2002 9 Suppl 1 48-52
ボツリヌス療法:神経筋切望部で神経終末に作用し、アセチルコリンの放出を抑制する没リス毒素製剤を施注する治療法。アセチルコリンを介した筋収縮が阻害され、菌の緊張が改善する。臨床効果は、2〜3日で現れ、1〜2週間で安定し、3〜4か月程度持続する。
毒素の注入により、筋の痙縮を取り、筋伸張を行い伸張反射の閾値を上げてリセットを行う。
装具をつける時は足関節角度と装具の硬さが重要である。
抗痙攣薬:
中枢神経に作用するものや神経筋接合部に作用するものがあるが希望する部位にのみ選択的に作用しないのが問題点である。
モーターポイントブロック
運動神経に薬物を直接作用させる治療法で、筋肉内のモーターポイントにフェノールやアルコールの注射を行う。
バクロフェン髄腔内投与
体内ポンプを植え込み、抗痙攣薬の1つであるバクフォフェンを持続的に髄腔内に投与する方法
外科的治療
選択的後根切断術、末梢神経縮小術などの脳神経外科的治療や腱延長術などの整形外科的な治療がある。
経頭蓋磁気刺激 Transcranial Magnetic Stimulation(TMS)
主に8の字型の電磁石によって生み出される急激な磁場の変化によって弱い電流を組織内に誘起させることで、脳内のニューロンを興奮させる非侵襲的な方法。最小限の不快感で脳活動を引き起こし、脳の回路接続の機能が調べられる。
反復経頭蓋磁気刺激法はrTMS(Repetitive Transcranial magnetic stimulation)と略され、脳に長期的な変化を与える。頭痛、脳梗塞、パーキンソン症候群、ジストニア、耳鳴りなどの神経症状やうつ病や幻聴などの精神疾患に有効な治療法であることが示されている。
慢性期脳卒中症例の患者においてかなりの改善がみられている。
脳梗塞病巣においては、急性期と慢性期では病態が異なる。急性期において主病巣は、組織の壊死に陥っているが、周囲は血流障害や浮腫などにより、機能的抑制に陥っているだけでまだ神経死には至っていない。
脳卒中による麻痺で使えない・使わないことにより、神経ハッカ頻度が減少し、代謝が減少し、神経死に至る。リハビリで、強制的に使ったり、いろいろな刺激で感覚入力を増強し、病巣周囲まで神経発火を起こさせ、代謝を増加させて神経保護を行っている。
麻痺側を訓練しようとすると、健常側の脳が、損傷した側の脳の働きを過剰に抑制しようとするため、その回復を妨げ、結果的に麻痺した側の訓練や回復を邪魔することが分かり、健常側上肢を三角筋などで使えないようにしたうえで麻痺したほうだけを使う訓練を集中的に行う治療法(CI療法)などが試みられている。
rTMSで「1秒に1刺激」という低頻度刺激を健常側脳に与えると、刺激を受けた部位の神経の活動は抑制され、検束から病側にかかる半球間抑制が低下する。この低頻度刺激により間接的に脳の損傷した部位周囲を活発に機能させ、脳の持つ回復力を最大限に引き出す治療である。
北斗病院HPより
脳梗塞モデルラットにおけるrTMS病巣伸展阻害効果やPETによりアポトーシスの阻害効果が確認されている。
F波は末梢運動神経の最大上電気刺激によるインパルスが求心性に脊髄に伝わり、再び遠心性に筋まで伝導して誘発される。その経路はいずれもα運動ニューロンであり、下位運動ニューロンのみならず上位運動ニューロンの興奮性を反映する。また上位ニューロン損傷後の慢性期において、痙縮が増加している症例においては、F波の出現率が正常群に比較して増加している。TMSにより、大脳皮質内に誘導電流を起こして脳組織を刺激するとF波の出現率は有意に低下し、F/M比が脳卒中後症例で上昇していたがTMSで減少した。
日本大学医学部総合医学研究所紀要 Vol.1 (2013) pp.129-132