2019年9月14日
演題「層別化医療、創薬、ヘルスケアの重要性」
演者: 慶應義塾大学船体生命科学研究所 特任教授 福田 真嗣 先生
場所: TKPガーデンシティー品川
内容及び補足「
2015年2月22日NHKスペシャル『腸内フローラ 解明!驚異の細菌パワー』を放送した。
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20150222
マウスの遠位結腸の断面を見てみると食物繊維や腸管粘膜細胞の剥がれた残骸や細菌などがひしめいている。便の内容量の35%が腸内細菌であり、またこの腸管の内側倭、体の外側であり、体表から連続した外腔である。
我々は、摂取した食べ物を腸内細菌が摂取し・代謝して排泄したもの、摂取し残したものを消化して吸収していることになる。
その吸収した後の残りや、細菌の代謝産物、などが糞便として排出される。この分娩には、さまざまな情報があり、我々は『茶色い宝石』と呼んでその情報を取り出す研究をし、医療に役立てようとしている。
胃や十二指腸は胃酸があるために菌数は少なく、下部小腸から大腸にかけて菌数が増え、下表のように存在し、腸内細菌は、1000種類40兆個いると推定されている。
同じ遺伝子を持つ双子でさえ、腸内細菌の種類は同じではない。
小腸や大腸は一層の上皮細胞に覆われていて、杯細胞から分泌された粘液に覆われている。杯細胞は大腸で多く、粘液の厚さは小腸よりも大腸の方が厚い。粘液の構成成分の主な成分のムチンが多い内層と、少ない外層の二相に分かれており、腸内細菌は主に咳嗽に存在する。
http://leading.lifesciencedb.jp/5-e007
小腸の絨毛の陰窩部分には、さまざまな上皮細胞サブセットに分化する上皮肝細胞とともにパーネット細胞が存在する。パーネト細胞内に存在する顆粒にはディフェンシンやリゾチームを多く含む多数の抗菌ペプチドが含まれている。大腸粘膜にはパーネット細胞は存在せず、他の上皮細胞がLypd8などの抗菌ペプチドの産生を担っていると考えられている。
上皮細胞の大部分は円柱上皮細胞によって構成されており、円柱上皮細胞はReg3γといった抗菌物質を産生するだけでなく、Tight junctionにより隣同士の細胞と強固に結合しており、管腔にある抗原の侵入を阻止している。腸管上皮細胞の表面に発現している糖鎖のうちα1,2フコシダーゼはサルモネラ菌や病原性大腸菌の感染を阻害する働きがある。
腸内細菌叢と疾患の関連が相次いで報告されている。
肥満:Firmicutesの増加とBacteroidetesの減少(Nature 444:1022-1023,2006 Nature 444:1027-1031,2006)
2型糖尿病:Clostridium coccoides、Clostridium leptum、Lactobacillusなどの増加、Prevotellaや短鎖脂肪酸の減少(Diabetes Care 37:2343-2350,2014)
肝細胞癌:腸内細菌の代謝産物であるデオキシコール酸の増加(Nature 499:97-101,2013)
動脈硬化:コリンやL-カルニチンの腸内細菌によりTrimethyamine(TMA)となり、腸管から吸収され肝臓の酵素により代謝されTrimethylamine N-oxide(TMAO)となり、マクロファージを泡沫化させ動脈硬化を促進する。(Nature 472:57-63,2011、NEJM 368:1575-1584,2013、J Am Coll Cardiol 64:1908-1914,2014、Cell 163:1585-1595,2015)
大腸癌:Fusobacterium nucleatumがNK細胞の抑制性受容体TIGITに直接結合し、抗腫瘍免疫を抑制し、大腸癌を進行させる。(Immunity 42:344-355,2015、Nar Med 25:679-689,2019、Nat Med 25:337-348,2019)
パーキンソン病:パーキンソン病の治療薬であるL-dopaがdopamin delydroxylaseを有するE. facalisによりL-tyramineに変換され血中濃度が上昇せず、薬が効きにくいことが判明。脱水化酵素の506番目のアミノ酸がアルギニンである系とうのみが人間の腸内でのドーパミンの分解と関連している。(Science. 2019 Jun 14;364(6445). pii: eaau6323. doi: 10.1126/science.aau6323)
若年性パーキンソン病と関連付けられているPINK1遺伝子欠損マウスでは、腸内グラム陰性細菌の感染によりミトコンドリア抗原提示を引き起こし、末梢と脳を循環するミトコンドリア特異的な細胞障害性CD8+T細胞を生み出し、一過性でL-dopaにより回復し得る運動障害がみられ、ドーパミン作動性軸索のバリコシティー密度の低下が同時に生じていた。(Nature 571:481-482,2019)
食事などの生活習慣を変更する指導がいろいろな医療機関で行われているが、実践が困難である。そうなると腸内細菌を変えて、生活習慣病を予防・治療することが可能となる可能性が出てきた。
運動面においても、ハーバード大学の研究者が2015年のボストンマラソンに参加するトップランナー15人中10人の腸内細菌をレース前後二週間にわたって調べた結果Veillonella がレース後に増加していた。筋肉を酷使した際に作られる乳酸を代謝する働きがあり、レースにより増加した乳酸を処理するためにVeillonellaが増加した可能性が示唆されている。
乳酸菌とVeillonellaマウス投与し5時間後にランニングマシンで走らせて疲労度を比較した実験では、乳酸菌を投与したマウスは16〜17分で脱落したのに対し、Veillonellaを投与した群では19分近く走り続けることができ、13%の運動能力が上がった。
https://news.livedoor.com/article/detail/16720620/
治療薬においても画期的な情報が出てきた。
1000種類以上の非抗生物質を投与した際に、そのうちの24%が腸内細菌叢に影響していることが判明した。
代謝拮抗剤、統合失調治療薬、カルシウムチャネル阻害薬の三群の医薬品は影響力が強くでた。
Nature volume555, pages623-628 (29 March 2018)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6108420/
ヒトの腸内細菌により271種類の投与した薬剤のうち65%は代謝されており、予想したほどの薬効が期待できないことが分かった。
Nature 570, p462-467 2019
大腸癌は、大腸ポリープ(腺腫)、粘膜内がん、進行癌と伸展するが、それぞれのステージにおいて関連する細菌や代謝産物が判明した。
腺腫から粘膜内がん、Stage 1/2の早期がん、Stage3/4の進行癌に分けて検討。
Atopobium parvulumやActinomyces odontolyticusは多発ポリープや粘膜内がんの病初期に関連する。
Bifidobacterium属(ビフィズス菌)は粘膜内がんの病期で減少し、酪酸産生菌であるLachnospira multiparaやEubacterium eligensは粘膜内がんの病期から進行大腸がんに至るまで減少していた。
Fusobacterium nucleatumやPeptostreptococcus stomatisは粘膜内がんの病期から増加し、病期の進行とともに上昇している。
胆汁酸の一種であるデオキシコール酸が多発ポリープを有数患者に多く、粘膜内がんを有する患者では健常者に比して、アミノ酸のうちイソロイシン、ロイシン、バリン、フェニルアラニン、チロシン、グリシンが便中に増加し、分枝鎖脂肪酸であるイソ吉草酸が進行大腸癌で増加していた。
進行大腸癌を便で診断するための機械学習モデル作成の結果、Parvimonas micra、Peptostreptococcus stomatis、Fusobacterium nucleatumやPeptostreptococcus anaerobiusの寄与していることが判明した。
Nature Medicine 25, p679-689 (2019)
腸内細菌叢は個人によりその組成が異なっており、食品を摂取した時の効果や薬効にもその違いが影響することが知られている。
高脂肪食や高蛋白質食を良く食べる人では、Bacteroides属菌が多く、高炭水化物食を良く食べる人ではPrevotella属菌が多い。
このPrevotella 属菌が多いと、大麦を食した際に、大麦に含まれているβ‐グルカンという水溶性の食物繊維を分解しコハク酸が生じる。コハク酸は腸管の細胞に作用して糖新生を促し、血中のグルコース濃度が上昇し、結果として肝臓でのグリコーゲン分解が抑えられ耐糖能が改善する。そのためPrevotella 属菌が腸内に多く、かつ大麦を食べるとPrevotella 属菌が増加する人は、大麦を食べると耐糖能が改善するというセカンドミール効果が高くなる。
Cell Metabolism 22, 971-982, 2015
免疫テックポイント阻害薬である抗PD-1抗体(オプジーボ)の効果が人により異なるメカニズムに腸内細菌叢が関与していることがScience誌に3連報として紹介された。(Science 359 91-97 2018、Science 359 97-103 2018、Science 359 104-108 2018)
腸内細菌叢が不十分な場合には抗腫瘍免疫活性がもともと弱く、抗PD-1抗体により癌細胞が発現するPD-L1による抑制を解除しても効果が充分に得られない。事前に腸内細菌を調べることにより、事前に抗PD-1抗体の薬効を予測することができるし、腸内細菌叢を改変することで薬効を上げる戦略も可能となりうる。
潰瘍性大腸炎に対して行われている
便移植法(
Fecal microbiota transplantation:FMT)を効果的に行うためにFMT前にアモキシシリン、ホスホマイシン、メトロニダゾールを2週間内服するA-FMT療法(55例)を行い、抗生剤だけを投与するAFM療法(37)との比較検討をおこなった。
A- FMT群46人が治療を完遂し、31人(67.3%)に有効性を認めた。一方AFM諜報u単独群では32例が治療を完遂し、有効性が認められたのは18人(56.2%)であり、治療後4週間の短期経過においては、有意差は認めないもののA-FMTの治療効果が高いことが分かった。
B- 腸内細菌叢の分析では、AFM療法後にはBacteroidetes門の割合が著明に減少した。有効例では、FMT後4週間にBacteroidetes門の割合が有意に回復し、無効例では回復を認めなかった。
一方、AFM単独群では、治療後4週間経過してもBacteroidetes門の割合は十分には回復せず、治療効果との関連性も認めなかった。異常からBacteroidetes門がA-FMTにおけるFMTの治療効果に強く関与していることが示唆される。
Inflamm Bowel Dis 23:116-125, 2017
さらに、種レベルの解析を進めたところA-FMT施行によりBacteroides族を中心に腸内細菌叢の種レベルの多様性が回復しており、ドナー便の細菌層に非常に類似していることが認められた。
Inflamm Bowel Dis 24:2590-2598, 2018
凍結保存で生着活性が落ちることが示されており(J Appl Microbiol 126:973-984, 2019)、潰瘍性大腸炎に対するFNTでは振戦便の使用が望まれる。また複数のドナー便を混ぜることにより腸内細菌の多様性を上げるメリットも報告されているが、ある特定のドナーの生着率が高かったという報告(Lancet 389:1218-1228, 2017)や、生態的に受け入れられる腸内細菌は、個人で決まっているというColonization resistanceという概念もある。(MBio、 5:e00893-e00814, 2014)
便の情報を正確に得るために、いろいろと研究し世界で初、薬剤なしで便を常温保存可能な腸内環境評価キットを作成した。
リキッドフリー、薬剤不使用で腸内細菌の遺伝子の常温探偵化、代謝物質の常温安定化、細菌を静菌として常温安定化できるキットである。
https://metagen.co.jp/service/mgnavi.html
現在疾患の治療や予防をめざして有用な腸内細菌のカクテルを治療薬やサプリメントにする試みが多くの企業により行われている。
特に普段健康のことを意識しない人たちに対して疾患予防は非常に大切なものであり、そのためのアイデアの一つとして、IoT(Internet of things)を活用したトイレが考えられる。
トイレの内部に便中の細菌や代謝物質あるいはそのプロファイルを検出するセンサーを内蔵させ、便中の情報をその場で分析し、その結果に応じて個人の端末に健康状態や取るべきアクションをフィードバックする仕組みである。
参考文献:
もっとよくわかる!腸内細菌叢 福田真嗣 羊土社