2017年9月15日
演題「心腎関連におけるSGLT2阻害薬の意義」
演者:慶應義塾大学医学部 循環器内科准教授 佐野 元昭先生
場所:グランドオリエンタルみなとみらい
内容及び補足「
糖尿病患者の平均寿命は治療の進歩・生活習慣の改善などにより徐々に伸びているが、日本人の一般平均年齢に比較して男性で7歳、女性で10歳以上の差がある。
Journal of the Japan Diabetes Society, 2017, doi:10.111/jdi.12645より改変
血糖降下療法に関する研究は数多くおこなわれてきたが、厳格な血糖コントロールによる心血管疾患・脳卒中の発症抑制に対する効果は大きくないことが示されてきた。逆に、厳格な血糖コントロールを目指すあまり、低血糖発症リスクが高まり、心血管疾患の発症や認知機能の悪化を助長する可能性が議論され、疫学調査でも幾つか報告されてきた。そういった中でEMPA-REG OUTCOME試験の結果が発表された。
この研究は、心血管疾患のある2型糖尿病患者7028例で登録前12週間に治療を受けていないDM患者はHbA1c 7.0以上9.0%未満、治療を受けているDM患者は7.0以上10.0未満の症例を対象に、2週間のrun-in期間後、患者をEmpagliflozin 10mg(2345例)、Empagliflozin 25mg(2342例)、プラセボ群(2333例)に割り付け、1次エンドポイントとして心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中、2次エンドポイントとして1次エンドポイント+不安定狭心症による入院を比較検討したものである。
これらの対象者のLDLコレステロールは85mg/dL、血圧は136/72mmHgとコントロールされている糖尿病患者が対象になっている。主要評価項目である3−point MACE(心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中)はプラセボ群よりもEmpagliflozin群のほうが有意に低かった(非劣性P<0.001、優劣性P=0.04)。
プラセボ群に比べEmpagliflozin群は心血管死亡率が低く、全死亡が低く、心不全による入院率も低かった。心筋梗塞または脳卒中の発症率には差が見られなかった。
心血管死に対する影響と同様に早期から影響しているアウトカムは心不全による入院である。
http://www.nejm.org/doi/pdf/10.1056/NEJMoa1504720
心不全による入院はSGLT2阻害薬投与開始2〜3週間後(統計上17日後)にはプラセボと比較して有意に抑制しており、この結果が心血管死を抑制した基盤にあるメカニズムとして推察される。
(上図を投与量毎に分けた図)
この短期間において認められる作用は、ジャデイアンス投与群でHbA1c 8.0%から7.8%までしか低下しておらず、血糖改善効果では説明することはできないと考えられる。
SGLT2阻害薬は、近位尿細管においてグルコースとNaの排泄促進を行うため、Na再吸収抑制からの利尿作用がある。この作用は、薬剤投与1日目から認められるが、その作用は消失する。同様にNa排泄量も投与1日後には増加が認められるが、5日後には内服前のNa排泄量にもどっている。したがって、投与初期のこのような利尿作用により心不全による入院を抑制することは短期間であればあり得るが、長期に渡る心不全入院の抑制効果は説明できない。そもそもループ利尿剤に代表されるNa利尿薬によって心不全の予後が改善したというエビデンスは存在しておらず、むしろ、今までの登録研究からは、ループ利尿薬使用量の多い心不全患者程心血管死のリスクが高いことが示されている。
血圧への影響に目を向けるとDipper型は昼間のみの血圧を低下させ、non-dipper型は昼夜ともに低下させるなど血圧日内変動を改善することが知られている。
治療前の安静時心拍数ごとに、ルセオグリフロジン2.5?とプラセボ投与群の心拍数変化を見てみると、全体としては有意な差は見られていない。
しかし、治療前の安静時心拍数で分類してみると、安静時心拍数が高い患者程、治療12週後の心拍数の減少程度が大きく、治療前心拍数が70bpm未満の群では、ルセオグリフロジン2.5?投与による心拍数変化は観察されず、70bpm以上の群では有意な差を持って心拍数が減少し、80bpm以上の群では10bpm近く心拍数が減少した。
2型糖尿病患者の中には、延髄の血管運動中枢が亢進している患者が存在することが知られている。圧受容体反射の機能不全は、血管運動中枢の活動亢進をより増長させている。これらが、心臓交感神経を刺激して心拍数を上昇させている。ルセオグリフロジンが安静時心拍数の高い患者に限って、安静時心拍数が高いほど心拍数を下げたという結果は、ルセオグリフロジンが血管運動中枢の活動が亢進している患者において、その活動を鎮めている可能性を示唆する。
血管運動中枢の活動亢進が、全身の交感神経系アウトプットを亢進させ、腎臓におけるナトリウム再吸収を亢進させ、心臓に対する静脈還流量を増加させ、さらに動脈が収縮することによる血圧の上昇により後負荷が増加する。拡張機能が低下した心臓に対して、心拍数の増加は、1回拍出量を低下させる。これらの変化が血行動態的に器質的心疾患を持った2型糖尿病患者に心不全を引き起こす促進因子となると考えられる。
http://www.jocmr.org/index.php/JOCMR/article/view/3011/1803
http://www.igakutokangosha.jp/?pid=110462440
医学と看護社 『SGLT2阻害剤の臨床』
SGLT2阻害薬投与により、ヘマトクリット値(Ht)が上昇することが知られており、これが脱水の徴候であり、脳梗塞のリスクになることが危惧されている。しかし、このHtの上昇は脱水との関連は薄く、むしろ腎機能が回復してきているサインになるという仮説を提唱し検討してみた。
循環器内科では、心不全患者にループ利尿薬を投与する際には、Htに特別に配慮することはない。Htは脱水や血液濃縮以外に腎機能の変化によって影響を受ける。
慶應男義塾大学病院に2007年1月〜2014年8月に心不全で入院し、入退院時のHtが記録されていた381例を検討したところ、Htの退院時/入院時比は1.013であり、ほとんどの患者が入院中に利尿剤投与されていたが、平均で見るとHtの変化はなく、症例によってはHtが減少する症例もいた。
脱水による血液濃縮ではないとしたら、SGLT2投与時のHtの上昇の原因はなんであろうか。
Dapagliflozin投与によるエリスロポイエチン(EPO)濃度を検討した研究(Diabetes Obed Metab 15(9):853-862, 2013)によると、Dapagliflozin投与2〜4週間後をピークにEPO濃度が上昇し、これに一致して網状赤血球濃度が上昇し、その後にヘモグロビンやヘマトクリットが上昇することが示されている。
このEPOはどこで産生されるかというと尿細管周囲の線維芽細胞で産生されている。この線維芽細胞は、発生学的には、神経堤細胞由来の特殊な線維芽細胞で、尿細管が正常な状態では、EPO産生能力を有しているが、尿細管に障害が加わるとこの線維芽細胞はEPO産生尿直を失い、間質を線維化させる悪玉線維芽細胞へ形質転換することを京都大学の柳田元子先生の研究グループにより明らかにされた。
http://www.jocmr.org/index.php/JOCMR/article/view/2760/1628
以上のことをまとめる以下のような仮説を提唱した。
糖尿病においては、近位尿細管は過剰な糖を再吸収することにより疲弊し障害を受けている。過剰な糖の再吸収により尿細管周囲は低酸素状態となり、線維芽細胞は悪玉に変わり、EPO産生能力を失っている。この状態で、SGLT2阻害剤が投与されると、糖の過剰な再吸収が行われなくなり、近位尿細管を休めることになり、酸素消費量は減少し、尿細管周囲の低酸素状態が改善し、線維芽細胞は健常な細胞に逆戻りして、エリスロポイエチン産生能を回復し、その結果腎臓からのEPOの産生が高まり、赤血球造血が刺激され、ヘモグロビンやHt濃度が上昇する。
この過説に立つと、SGLT2阻害薬投与においてHtが上昇する症例は腎機能の回復の可能性があり、腎機能予後改善を占う良いサロゲートマーカーになりうると考えられる。
http://blog.livedoor.jp/cardiology_reed/archives/66985472.html