循環器内科医が考えるSGLT2阻害薬 岸拓弥教授
2019-11-04 18:18
川村内科診療所
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2019年11月1日 
演題「令和時代に循環器内科医が考えるSGLT2阻害薬のビジョン〜Hope for the BEST, Prepare for the WORST〜」
演者: 国際医療福祉大学大学院医学研究科 教授 岸 拓弥 先生
場所: グランドオリエンタルみんとみらい
内容及び補足「
行動経済学という言葉を覚えてください。
まず質問です。100万円をもらえる場面を二つの状況を施ってした場合、どちらを選ぶかを選んでください。
A 無条件に100万円がもらえる。
B 1/2の確率で200万円になるが、1/2の確率でゼロになるくじを引く。
多くの人がAを選ぶけれど、一部の人がBを選ぶ。選ぶ人としては、やや女性が多い。
100万円の借金がある状況下で、条件を変えて次の質問を考えてみよう。
C 無条件で借金が半額になる。
D 1/2の確率で借金はなくなるが、1/2の確率で借金はそのまま。
この質問をするとDを選ぶ確率が増える。
100万円を得るときのうれしさと100万円を失うときの悲しさを比べると、悲しさの方が約2.5倍大きい。
新薬の治療を薦めるときに、医師は新薬のメリットを中心に考えて患者に話すが、患者の方は、現在の治療に不満が無ければ、新薬の副作用の方が気になって新しい薬を使うことを躊躇する。
一般的な利得・損失と価値観の関係でみてみると点線の関係となるが、人の心の中の考え、価値観に関する感情は実践のようになり、損失によるマイナス感情が大きい。
Kahneman & Tverskyのプロスペクト理論の概念図
(Kahneman D,et al.Prospect Theory:An Analysis of Decision under Risk.Econometrica. 1979;47 (2):263-92.)

このような感情の患者を、新しい治療に参加してもらうためには、患者に成功体験をしてもらう必要がある。
心不全の5年生存率は50%と予後は悪く、80歳を超えると悪性疾患による死亡数よりも循環器疾患による死亡数が多くなる。
患者数は高血圧患者が約4300万人、糖尿病患者が約1500万人、CKD患者が1300万人、心不全患者が120万人である。
しかし、心不全の患者数は、死亡するリスクが高いため、患者数がそれほど増えない。
NYHA 3度以上は1年以内に16%死亡、再入院が35%となっている。
心不全とそのリスクの進展ステージを見てみると下図のように、リスクの段階と症候性心不全の四段階に分けて対応を分類している。

http://www.asas.or.jp/jhfs/pdf/topics20180323.pdf

しかし、心不全の初回入院は心疾患の状態としては不全状態にあるのであり、心疾患の初期の状態ではないということである。Point of no-returnを超えた状態であると認識してほしい。
心不全リスクのStage Aの段階で高血圧、糖尿病、動脈硬化性疾患などがあり、これらの疾患の治療が心不全の予防となる。Stage Dの治療は、緩和ケア、終末期ケアが主体となる。
Hope for the BEST, prepare for the WORST. が心不全の治療法とし対応するべきと考える。
JCARE-CARDでは心不全の基礎疾患として糖尿病が23〜30%がある。糖尿病患者の50〜70%に拡張障害が見られる。しかし、心不全患者さんは、動くときついのであまり動かないので、自覚症状が出ることが無い。そこでできるだけ早期に診断する必要がある。
日本循環器学会が2017年10月31日厚生労働省記者会で心不全の定義を発表した。
『心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気です。』
2017年に日本循環器学会が作成した慢性心不全診療ガイドラインの診断フローチャートには、『心不全を疑わせる患者/心不全の可能性』がフローチャートの対象者として記載している。
症状としては、労作時息切れ、起坐呼吸、発作性夜間呼吸困難であり、既往歴・患者背景として、高血圧、糖尿病、冠動脈疾患の既往、心毒性のある薬剤使用歴、放射線治療歴、利尿薬使用歴、心疾患の家族歴である。そういった患者さんに対して、NT-proBNPの測定、心エコー、CT,MRI、核医学検査などを行い心不全の確定診断を行う。しかし、これらの検査結果が陰性である対象者に対して、フローチャートのなかで『心不全の可能性は高くない』として扱い、その後の対応として、『必要に応じて心不全の発症予防または経過観察』とした。


健常者の右心房における拍出と静脈還流量と右房圧の関係曲線を見てみると、赤線が拍出量、青線が静脈還流量を示しており、Equilibrium pointである交差している点は心拍出量5L/min、右房圧0 mmHgである。
突然血液量が20%増えると心拍出量は正常の2.5〜3倍となる。


心臓は開くから収縮することができる。
運動することにより心臓からの拍出量が増加する。Aポイントの時には正常の状態の拍出量である。運動により心臓からの拍出量が増え静脈還流量が増加すると交差する点はBに移動する。心拍出量が増加するのは交感神経刺激により心拍数が170~190/分にまで増加しうるし、心筋の収縮力も約二倍にまで増強する。この結果mトレーニングしていないランナーでも4倍ほど、熟練したマラソンランナーでは7倍の拍出量にまで到達することが可能である。

中等度から重度の心臓発作が起きた最小の数秒間で心拍出量は低下し、次ぎの数秒間は、末梢の循環は正常のままであり、静脈還流量は変わらない。その結果Point AからBに移行することになる。この際心拍出量と静脈還流量の交点Bとなり、房内圧は4mmHgに上昇し、心拍出量は2L/minに低下する。
その次の30秒間で交感神経反射が非常に活発になる。心拍出量と静脈還流曲線は上昇する。交感神経刺激により、30〜100%にまで心拍出量は上昇し、Point Cにカーブは変化し心房圧は5mmHg、心拍出量は4L/minに戻る。
その後数日して、代償機構が働く。心拍出量と静脈還流量が増加し、塩分と水分の腎臓からの再吸収が増加し、カーブが緑の点線へ御移動し、右房圧は6mmHgにまで上昇する。

正常の場合は、Point A、動静脈瘻AV fistulaの場合には、Point B、脚気心(Beriberi heart)はPoint Cとなる。

Guyton-and-Hall-Textbook-of-Medical-Physiology-12th-Ed

心不全の際には、交感神経が活性化される。交感神経が活性化すると、心収縮性増加、心臓収縮期末期エラスタンス増加・心拍数増加により心拍出量曲線は情報に移動し、静脈は収縮して平均体血管充満圧が上昇し、血管抵抗の変化による影響は少なく、右房圧、左房圧は上昇せずに心拍出行が増加するが、心不全があると、血管抵抗による影響が大きくなるため、交感神経の過剰な活性はむしろ心拍出量を減らす。長期的に交感神経が過剰になると、心筋のダメージが、心肥大やリモデリング・電気的リモデリングを惹起する。
代償機序により交感神経活性が亢進し、副交感神経活性は相対的に抑制され、神経末端から過剰なNAが放出され続ける。遊離したNAは神経終末のアミンポンプにより再取り込みされ、遊離自体もα2受容体を介したネガティブフィードバックにより抑制されるが、過剰な遊離が続くと再取り込が追いつかなくなり、貯蔵量が減少し、神経終末内のNAは枯渇する。心不全における交感神経活性亢進の機序として、動脈圧受容体反射と心配圧受容体反射の異常が考えられており、いずれかの圧受容体における感受性低下が、交感神経活動亢進を惹起している。

JACC 2009 54 375-385

心不全を良くするためには、1 血圧を下げる、2 利尿、圧受容器反射を改善することが重要で、肺、骨格筋、腎、肝の臓器を良くすることも、減塩も重要である。

薬物療法以外でも、患者教育、医師のみでなく、看護師、薬剤師、栄養士、ソーシャルワーカー、心理士などの多職種によるチーム情報の共有を行い、包括的心臓リハビリテーションを行うことにより、予後が改善できる。(Eur J Cardiovasc Prev Rehabil 2010;17:393-402
ヒポクラテスが『筋肉を使っている人は病気に罹りにくく何時までも若々しい。歩くことは人間にとって最良の薬である。』といっており、心不全のリハビリとしても運動が昼様であることを認識していたと考えられる。

心不全の治療として、生活改善、SGLT2阻害薬、チアゾリジンなどがあり、体重を減らす、血圧を下げる、糖尿病の治療をしっかり行うことが重要である。
急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)

Streptozotocin誘発糖尿病ラットにおける心房圧は上昇している。SGLT2阻害薬、インスリン投与、Vehicle群間で、Active、Rest時においても心房圧を測定してみると、SGLT2阻害薬で低値であった。

Hypertension Research volume 40, pages646-651(2017)

SGLT2阻害薬は、低血糖リスクの少ない血糖改善、体重減少、降圧、脂質代謝改善、血清尿酸値の低下、肝機能改善などの多面的な代謝機能改善効果がみられる。

https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=7246

『知ることだけでは充分ではない、それを使わないといけない。やる気だけでは充分ではない、実行しないといけない。』ゲーテの言葉であるが、薬においても同じことが言える。『薬剤の特徴を知ることだけでは充分ではない、それを使わないと。生活習慣改善のやる気だけでは充分ではない、実行しないといけない。』といえる。どの薬剤を使うかは、心不全のステージのどこにいるかを理解することが重要である。
日本循環器学会では、日本脳卒中学会と協力し、『脳卒中・循環器病克服5ヵ年計画』
を策定し『ストップCVD!』を通して、脳卒中と循環器病の年齢調整死亡率を5年で5%減少させることを目標としている。
http://www.j-circ.or.jp/five_year/logo.htm

http://www.j-circ.or.jp/five_year/files/five_year_plan.pdf

日本循環器学会が心不全セルフチェックシートを作成している。


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