2015年6月11日 横浜ベイシェラトンホテル&タワーズ
演題「VEGF阻害薬の理論と糖尿病黄斑浮腫に対する実践」
演者:北海道大学大学院医学研究科眼科学分野教授 石田 晋 先生
内容及び補足「
糖尿病に伴う眼合併症として、角膜障害(15〜17%)、ブドウ膜炎・虹彩炎(1〜6%)、白内障(非糖尿病患者の2〜10倍)、血管新生緑内障(0.25〜20%)、視神経症、糖尿病性網膜症(15〜23%)がある。糖尿病網膜症に合併する病態の一つに、糖尿病黄斑浮腫(Diabetic Macular Edema:DME 3.0〜4.6%)がある。毛細血管流や網膜毛細血管の透過性亢進により血漿成分が網膜内に貯留することで、黄斑に異常をきたす病態で、糖尿病網膜症の病気に関係なく発症し、視力低下を招く。
DMEは黄斑部網膜が肥厚しており、糖尿病による網膜血管障害で、黄斑の細胞間に体液が貯留している。
発症機序としては、以下のことが考えられている。
? 高血糖に伴う代謝異状による活性酸素、ポリオール代謝経路の亢進、PKCβの活性化、AGE(終末糖化産物)の蓄積などによる刺激が生じる。
? VEGFを含む様々な炎症系サイトカインの上昇と、それに伴う慢性的な無症候性炎症が生じる。
? 慢性的な炎症やそれに伴う酸化ストレスの亢進の状態が断続的に続くと、血管内皮細胞やペリサイトを傷害することで細小血管障害が起こり、その結果として虚血が生じる。虚血が引き金となり、VEGFが産生され、眼内VEGFが上昇する。
? VEGFは、血管新生を促進され、同時に細胞内皮細胞のタイトジャンクションの離解を引き起こし、内皮細胞の窓(fenestrate)構造を伸展させ、内側血液網膜関門の破綻が生じる。
? 最終的に、この内側血液関門の破綻が、血管透過性及び血漿成分の漏出を増加させ、黄斑の細胞間間質に体液が貯留し黄斑浮腫が生じる。
http://www.eylea.jp/ja/home/disorder/dme/dme/
糖尿病網膜症の変化を以下に示す。
http://www.igaku.co.jp/pdf/tonyo1002-2.pdf
血管内皮細胞増殖因子(Vascular Endothelial Growth Factor:VEGF)は1983年にマウスの腹水から血管透過性を亢進させる物質として発見され、
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/6823562?dopt=Abstract
1989年にウシ濾胞星状細胞の培養液から45kDaの糖蛋白質として、VEGF-Aが単離、クローニングされた。
http://www.sciencemag.org/content/246/4935/1306.abstract
VEGFは胚形成期に、血管がないところに新たに結果を作る脈管形成および既存の血管から分岐伸長して血管を形成する血管新生に関与する。
血管内皮細胞成長因子、血管内皮増殖因子、血管内皮成長因子などとも呼ばれることもある。
VEGFは血管内皮細胞表面に存在する血管内皮細胞増殖因子受容体(VEGFR)にリガンドとして結合し、細胞分裂や遊走、分化を刺激したり、微小血管の透過性を亢進させたり、単球・マクロファージの活性化にも関与する。
正常な体の血管新生にかかわるだけでなく、腫瘍血管形成や転移、悪性化の過程にも関与している。
http://www.igaku.co.jp/pdf/tonyo1002-2.pdf
VEGFファミリーとして呼ばれる一群に属し、VEGF-A、VEGF-B、VEGF-C、VEGF-D、VEGF-E、PlGF(Placental Growth Factor:胎盤増殖因子)-1、PlGF-2の7種類があり、Alternative splicingによりいくつかの亜型が存在する。
例えば、VEGF-Aは、ヒトでは通常アミノ酸数が121個VEGF-A121、165個VEGF-A165、189個VEGF-A189、206個VEGF-A206の四種類が存在する。
そして、7つのVEGFファミリーメンバーはそれぞれ決まったVEGF受容体(VEGFR)に結合する。
VEGF-AはVEGFR-2(別名KDR、マウスではFlk-1)およびVEGFR-1(別名Flt-1)に、VEGF-BとPlGF-1、PlGF-2はVEGFR1に、VEGF-CとVEGF-DはVEGFR-2およびVEGFR-3(別名Flt-4)に、VEGF-EはVEGFR2に結合する。
VEGFR-2はほとんどすべての内皮細胞表面に発現しているが、VEGFR-1およびVEGFR-3は特定の一部の内皮細胞に発現しているのみである。
これらの内皮細胞表面の受容体にVEGFが結合すると、受容体のチロシンキナーゼが活性化して細胞内にシグナルが伝達され、細胞の機能や構造が変化する。
VEGFR-2はVEGF-Aの大部分と結合して、血管新生、脈管形成に働き、VEGFR-1は血管新生に関与するほか、単球走化作用などに関与する。VEGFR-3はリンパ管新生に関与する。
http://meddic.jp/VEGF-C
http://www.eylea.jp/ja/home/product/structre/
VEGF-A遺伝子のホモ欠損マウスまたはヘテロ欠損マウスは、脈管生成不全及び心血管系の発達異常のために胎生期に死亡する。一方、VEGF-BおよびPlGF欠損マウスは胎生期の脈管形成障害や発達異常はきたさない。VEGF-C遺伝子のホモ欠損マウスは胎生期に死亡し、ヘテロ欠損マウスは出生後にリンパ管の発達異常をきたす。
VEGFR-1(Flt-1)はVEGF-BとPlGFに結合し、血管新生を促す。
VEGFR-2(Flk-1/KDR)は、血管新生を促し、microvascular permeability、endotheliral cell proliferation、invasion、migration、survialに関与する。
VEGFR-3(Flt-4)はリンパ管内皮細胞にのみ見られ、リンパ管の新生に関与している。
http://www.biooncology.com/research-education/vegf/vegf/vegf-pathway/receptors
VEGF阻害薬であるBevacizumab(アバスチン)とVEGFファミリー阻害薬であるAflibercept(アイリーア)を比較してみると構造的に、違いがあり、それが作用や副作用の現れ方の違いとなっている。
糖尿病性黄斑浮腫の患者さんに投与したAflibercept、Bevacizumab、Ranibizumabの三剤比較の研究結果が報告された。
三剤とも視力が改善したが、視力が悪くないと差が少なく、視力が悪いとその差が大きくなった(0.4以下の場合Aflibercept:+19、Bevacizumab:+14、Ranibizumab:+12)。
黄斑浮腫の改善度も同様の結果で、視力が0.4以下だとAflibercept:−169μm、Bevacizumab:−147μm、Ranibizumab:−101μm と有意に黄斑浮腫の改善が見られた。
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1414264
Da Vinci試験結果からアイリーアの投与量を?2?4週ごとに硝子体内投与する群と?2?を四週毎5回投与後、以降8週毎に硝子体内投与する群とレーザー治療との優越性を検討したVISTA-DME試験では、52週目においては、?の群では12.5文字、?の群では10.7文字増加し、レーザー治療群に比較してアイリーア治療群の優越性が検証された。
中心網膜肥厚は、レーザー治療群で−73.3μm、?の群で−185.9μm、?の群で−183.1μmとレーザー治療群に対し有意な現象を認めた。
http://www.eylea.jp/ja/home/disorder/dme/study/vista_dme.php
1年たった後にアイリーアを投与してみると3年後にはそれぞれの群での差がなくなることも示されている。ただし、この研究では、アイリーアの投与回数が以下のように変化している。
4週毎 8週毎 レーザー
一年目 7.4回 7.5回 0回
二年目 3.9回 3.5回 4.1回
三年目 2.9回 2.5回 2.4回
このことは、黄斑浮腫の改善には、レーザー治療よりもアイリーアの方が優れているが、ある程度までの進行であれば、レーザー治療を行った後にアイリーア投与を行うことにより、最初からアイリーア投与による病変進行の抑制されている所まで引き戻すことが可能であることが示唆される。高額な治療を漫然と行うことにより医療費の高沸が懸念されるが、きめ細かい治療を選択することにより、より安価な治療でも、高額治療となる最先端治療と、ほぼ同等の効果を出すことが可能かもしれない。
参:
ルセンティス総合製品情報
ルセンティス添付文書1
ルセンティス添付文書2
アイリーアインタビューフォーム
アイリーア添付文書
アイリーアの構造と作用機序